2012年12月9日日曜日

【秩父鉄道1000系撮影記事】1007編成ラストラン。さよならチョコバナナ!

タイフォンを鳴らして坂を駆け上る
12月8日。1941年であればそれはまさしく歴史が不幸に動いた日だ。2012年のこの日は古くからの秩父鉄道ファン(秩父党)にもまた、もしかしたら記憶に残る日となったかもしれない。1000系1007編成秩鉄リバイバルカラー編成(通称チョコバナナ。以下同)のラストランが行われたからだ。

2012年12月5日水曜日

【秩父鉄道1000系撮影記事】秩父夜祭、1000系も走る

いつもの駅で1000系同士が交換。右が1003編成、左が1001編成
さて、いつもの駅で6000系急行列車を撮ったあともしばらくその場で佇んでいた私。もちろん理由がなく小雨の中を真っ暗闇に立ったりしない。もうすぐ1001編成スカイブルーと1003編成オレンジバーミリオンが交換するからだ。

秩父夜祭の日は運行本数が多い。おそらく1本前の急行とは隣の駅で交換しているはずだ。小雨の中、おでこのライトを輝かせて来た上り列車がスカイブルー。そして、停車中のスカイブルーを照らしながら現れたのがオレンジ。モノクロだからわからないけど(笑)。

2012年12月4日火曜日

【秩父鉄道6000系撮影記事】秩父夜祭臨時急行を撮る

荒川橋梁を渡って臨時急行6000系が登場!

12月に入り連日冷え込みが増しつつある。思えば、秩父夜祭の行われる12月3日はいつもとても寒い日のような気がする。雪が降ったり冷たい雨だったり。川越祭りが終わると急に冷え込むと言うけれど、秩父夜祭もまた冬の始まりを告げる風物詩なのではないか。たいてい平日だし、西武沿線に住んでいながらいつも秩父夜祭に行ったことがないのは、とても寒いから。

2012年11月30日金曜日

【秩父鉄道5000系撮影記事】秩鉄5000系をかっこよく撮ろうぞ

主役となりつつある元東急車や、元国電の陰に隠れているようで、なんとなく目立たない存在のこの秩父鉄道5000系。熊本やインドネシアでもがんがん活躍する隠れた名車なのだけど。でも、都営三田線時代をのぞけば、秩父を走る姿が一番シンプルでいい。


2012年11月9日金曜日

【秩父鉄道1000系撮影記事】モノクロームで撮るチョコバナナ


いくら私がヲタだからといえども、同じ場所で似たような写真ばかり量産しつづけるのはつまらない。趣味とはいえ(いや、趣味だからこそ)苦痛でさえある。

 そのくせ、長いあいだの迷いとためらいのすえに導入した新しいカメラを手に、わずかな時間を使って秩父鉄道沿線を訪ねても、あまり多くは取れない訪問機会に確実に狙った編成を効率よく押さえられる場所を、などと考えると、ついつい同じ場所を訪問し、似たような写真を結果として量産し続けてしまう。

この矛盾に我ながら呆れたりする。


2012年11月5日月曜日

【デジタルカメラ記事】久しぶりに「補機」を導入

何年ぶりだろうか。ずいぶん久しぶりにデジタル一眼レフを買った。2年前の秋に発売になったニコンD7000ボディだ。いまごろ迷いながら買うのだから、体中が「ためらい傷」だらけだろう。しかも、最新のAF-Gニッコールレンズではなく、お気に入りの古いAiニッコール50ミリF1.8S爪つきを装着したところがいちばん気に入ってしまった。

2012年10月31日水曜日

【秩父鉄道1000系1980年代】チョコバナナの時代、続編

元101系1000番台である1006編成の唯一の写真
先日、1987年から1998年ごろの秩父鉄道への国鉄101系(JR東日本101系)導入と、塗装変更の頃のポジをここにアップした。そのときのポジはエクタクローム100とフジクローム50だった。

よく考えたら、フジクロームで撮った日には「それ以外のカット」もあるはずだ。そう思ってポジをしまってある木箱を見ていたら、カメラにフジクロームを詰める前にコダクローム64を詰めていたことが発覚した。なにしろ25年も前のことだから、記憶がいい加減だ。今日はそのコダクロームをスキャンしてみた。

2012年10月28日日曜日

【秩父鉄道1000系1980年代】すべてがチョコバナナだった頃

1987年8月。御花畑で電車を待つあいだに

2012年12月8日に秩父鉄道では1000系1007編成秩鉄リバイバルカラー編成(いわゆる、チョコバナナ)のさよなら運転を行うと、秩父鉄道ニュース11月号にて公表された。さよなら運転の詳細は「12月号を参照」とまだ未発表だが、当初は10月で検査期限切れになり、走る姿をもう見られないかなと思っていたチョコバナナも、どうやらいまはときどき走っているようだ。

電車はやはり走っているところがカッコイイ。すっかり秋色の秩父鉄道沿線を走る姿を見るなら、いまが最後のチャンスのようだ。予備的運用であっても、12月までにトラブルもなく無事に走ってほしいものだと思う。

2012年10月14日日曜日

【西武新101系撮影記事】295編成も撮ってます!

朝はここで一枚。でも、女性専用車両乗車位置なので居心地は悪い
たまには河岸を変えて。そうするとなぜか曇る(涙)

去就が注目されている、というより、あと何回走るのか気になるのはリバイバルカラーの271編成ではあるけど、飯能側先頭に立つ僚友295編成もきちんと撮っている。295編成だって先はそう長くはない。ほんのすこし長く走るだけなのは目に見えているからね。

2012年10月13日土曜日

【西武新101系撮影記事】271編成最後の力走の日々

池袋駅で見られる朝の奇跡
この直前まで晴れていたのに
先日、小手指車両基地に30000系の8連+2連が搬入され、目下運用前の準備中だ。小手指を通過するときに目を凝らして車両基地を見ると、パンタグラフを上げて通電しているのを見るからね。

リバイバルカラーの西武新101系271編成の10月中の運用離脱はこうして秒読み段階となってきた。臨時の運用で日にちが決まっているものがあるけれど、いつまで定期運用に入るかは、30000系の運用入りの準備が整い次第というところだろう。

2012年10月8日月曜日

【秩父鉄道デキ&1000系撮影記事】秩父祭笠鉾特別曳行記念「EL5重連秩父祭」号を(なんとか)撮る

窓の外は雨。しかし、電車は雨をものともせずに進む。上熊谷、石原、大麻生。うわなに、川原明戸のこのカメラの砲列は! C58が走るときだってふだんはこんなにいないぜ! 

秩父鉄道に行った。デキが5重連で12系客車を牽引する「秩父祭笠鉾特別曳行記念『EL5重連秩父祭』号」という、漢字がいっぱいの名前の列車が走るからだ。これはなんと、4両編成の客車を5両の電気機関車が牽引するという、すさまじい企画。日頃「ネタ列車」を撮りに行こうとは思わない私でさえ、これならば見てみたいと思わせる列車ではないか。
実は赤デキを撮ったのははじめて
とはいえ、走行区間が秩父~熊谷と限られるし、雨天でもあり、引きで撮れる有名撮影地が限られる沿線の人出が多くなることは容易に想像はついた。5重連だったら機関車が5両連なるようすがわかるように、できたら引いて撮りたいよね。 だから、出足が遅かった私は初めから川原明戸はパス。あそこに入れてもらう勇気がない。それに「みんなと同じ写真を自分が撮る必要はない」というものすごくへそ曲がりな気持ちが私には強いからね。もっともそれで、独自の傑作が撮れるならいいのに。ぜんぜんうまくいかないところが突っ込みどころなんですが。

ともあれ、長瀞の荒川橋梁も人出が多いはずだし空模様が怪しいから(白い空を写真の画面にたくさん入れてはいけません)除外。現与党の某要人が撮影した樋口~波久礼の矢那瀬付近も場所が取れそうにない。ヒガンバナが咲いているであろう上長瀞の桜並木もこれから行くには勇気がない。特に上長瀞は始発で行かないと無理だ。 そんなわけで、有名撮影地ではあるけれど、工夫すれば人を避けることができそうなアングルが狙えそうな樋口駅先へ行くことにした。
解説しよう! こんなでした!

2012年10月5日金曜日

【秩父鉄道1000系撮影記事】センガタン、夜を照らせ!

山の麓の駅で眠る1010編成と、入れかえ作業中の1003編成
先日の横瀬行きのあとの秩父鉄道訪問の目的は、実は1000系1007編成チョコバナナの動向を知りたかったからでもある。ただ、その日は台風接近を考えて(子連れだったし)広瀬川原や熊谷に寄らずに寄居で乗り換えてしまったので、チョコバナナには会えなかった。 いや、検査期限の10月だから実質的に運用離脱というか、予備車的な扱いなのではないかな、とは思っている。日曜日に撮影された写真を他ブログで拝見して、そのあと水曜日に熊谷を通っても1007編成は熊谷駅で同じ場所に寝ていたところを見ると、どうもそんな気がする。(確実な情報ではありませんからあしからず。その後動いていたらラッキーですね)

2012年10月1日月曜日

【西武新101系撮影記事】西武トレインフェスティバル2012 in 横瀬に行く

この横顔が撮れたなら私はもう満足
昨日9月30日(日曜日)、西武ヲタのはしくれであり沿線住民の一人である私は、もちろん横瀬まで行ってきた。年に一回だけのイベントであり、堂々と横瀬車両基地に入れる「西武トレインフェスティバル2012 in 横瀬」が行われたからだ。 

今年の目玉は、もう引退してしまうリバイバルカラーの新101系2連271編成。横瀬車両基地は実はあまり撮りやすい場所ではないし、例年のように午後から曇ってしまうし、目玉編成以外は毎年同じ車両がいるのだけど(苦笑)、271編成を撮れる最後のチャンスかもしれないと思えば、「いざ横瀬」という気持ちになる。

それに、ここのイベントではたいてい「ふわふわドーム」が運ばれてくる。ふわふわドームに目がない我が子は最近は鉄分がどうやら少なくなっているようだけど、横瀬に関しては「いくいく!」と目の色を変えて叫んだ。そう、今回は久しぶりに子連れ鉄なんです。


2012年9月11日火曜日

【秩父鉄道1000系撮影記事】1007編成チョコバナナを見ながら、その2


今度は何が来るだろう、そう思いながら秩父鉄道沿線の線路際にいるのは楽しい。運用を追っていても、ときどき予想が狂うこともある。たいていは特定の編成が固定運用にはならない。そう思って時間をつぶしているときに、遠くからおでこにライトがある電車が来ると、もう小躍りする。1000系が来た! と。

2012年9月10日月曜日

【秩父鉄道1000系撮影記事】1007編成チョコバナナを見ながら


秩父鉄道7507編成となる電車が、長津田から陸送で運ばれたようだ。甲種輸送より陸送するほうが安価なのだろうか。ともあれ、これから試運転に向けて調整が始まり、試運転が行われるまではそう遠くない。いよいよチョコバナナこと1007編成秩鉄リバイバルカラーの運用も終わりが見えて来たのではないか。

2012年9月5日水曜日

【秩父鉄道撮影記事】「急行秩父路」がものすごくカッコイイ件

長い切り通しを駆け抜ける
このあいだも書いたけれど、秩父鉄道の急行列車「秩父路」に使われる6000系がとてもカッコイイ、と思うようになった今日この頃。先日もどうしても時間がほしくて、熊谷から乗ってつくづくそう思った。
この電車の原型である西武新101系には毎日のように乗っていたし、3ドアで乗降に時間がかかることが嫌われているために西武線内では最後の頃は優等列車に使われていたし、下回りが同じ特急レッドアローや4000系も見かけるから、西武線内を時速100km/hでぶっ飛ばすところもしばしば味わっているのだけど、秩父線内を最高85km/hで走り抜ける姿にも実にスピード感が感じられて、なんだか痺れてしまう。

2012年9月3日月曜日

【東武野田線&8111F撮影記事】哀愁の町にリバイバルカラーが走るのだ


東京在住の鉄道少年だった私。途中の中断期間はあっても、鉄道への興味は完全には失われていなかったはずなのに、首都圏でさえ未踏の路線が多い。東武野田線もそのひとつ。いや、幼稚園の頃に大宮~大宮公園の2駅は乗ったことがあり、おぼろげには覚えているのだが。

そんな野田線はここ最近気になる路線ではあった。かつて「私鉄の103系」と呼ばれて私鉄最多の製造数を誇り、東武鉄道のどこへ行っても当たり前のように走っていて、そのくせ愛想のない顔つき(いわゆる「東武顔」)で面白みもなかったはずの8000系電車がどんどん数を減らしているのは、このブログへ来てくださる鉄仲間のみなさんには、いまさら語る必要もないことだけど(すみません)。でも、この8000系だけが走っている最後の牙城である野田線に、今年度中に新型車両が導入されると報じられているから、やっぱり気にはなっていた。

2012年8月29日水曜日

【上信電鉄撮影記事】さよなら銀河鉄道999


さて、先日の上信電鉄訪問の目的は、もちろんデキだけではない。西武鉄道から譲渡された電車の活躍ぶりを見るのもまた楽しみのひとつだ。

なにしろ、2両編成で走るのだ。私は単行運転のディーゼルカーよりも、単行運転や2両編成の電車が走る様子にどうも弱い。そこが私の趣味のツボなのだろう。人家のない山の中を走る姿は魅力的だけど、さみしすぎる。適度に人がいる都市郊外や、地方都市の郊外をのんびり電車が走る風景が好きなのだろう。山の中だと、駅に行っても女子高生も孫を連れたおばあちゃんも観光客もいないじゃないですか(笑)。

2012年8月26日日曜日

【上信電鉄撮影記事】デキを撮るも、その出来は……


しばらく間を空けてしまった。調子を崩したり、昼間の暑さにまいっているうちに、夏ももう終わりだ。そんな日曜日に上信電鉄へ久しぶりに行ってみた。

そう、デキが電車を牽引して走るというから。

2012年8月18日土曜日

【小湊鐵道ついで鉄記事 その2】「昭和過ぎる」小湊鐵道で往復する


町内会のお祭りや夜の車庫を見たりして、五井駅とその周辺で楽しい夜のひとときを過ごした翌朝、小湊鐵道で養老渓谷を目指すことにした。

本来は私たちは海水浴に来たはずなのだけど、海で遊んでみた我が子は、しおみずがしみるからなあ、という。そこで海ではなくて川で遊ぶことにした。目的地なぞ変更すればよいのだ。

投宿先からの道すがらに五井駅そばの電鐘式踏切や機関区の貨車を眺め、キハ200の入れ替えシーンを撮ってから、養老渓谷行きに乗り込んだ。

車内は観光客以外にも、なぜか揃ってキスデジを提げた男性集団やら、オリ※パスペンEPにスマートフォンで武装した独身貴族な三十路風一人旅やらがたくさんいる。
十数年ぶりに小湊鐵道に乗ってみたら、どうも鉄道ファン以外の人たちに大ブレイクしているらしい。 げげ。

2012年8月17日金曜日

【小湊鐵道ついで鉄記事 その1】「昭和過ぎる」小湊鐵道。五井にて


夏らしい暑さが続きながらも、朝晩には秋の気配が感じられるようになってきた。海水浴もお盆過ぎにはシーズンオフになってしまう。

先日、房総半島に子どもと二人で出かけてきた。海水浴をしたことのない我が子と泳ぎに行くのが目的なので、鉄道を線路際で本格的に撮る旅ではない。

とはいえ、この思いつきのきっかけはブログ「mitsuka115JNRの語るひととき」を書いていらっしゃるmippyonさんの記事のおかげで、千葉県内のJR各線および小湊鐵道、いすみ鉄道、銚子電鉄に一日乗り降り自由で、特急券を買えば特急にも乗れる「パワフル×スマイルちばフリーパス」というフリー切符の存在を知ったから、もちろん鉄道趣味とまったく無関係でもない。

2012年8月6日月曜日

【秩父鉄道1000系撮影記事】チョコバナナ様&オレンジバーミリオンII様、ご降臨


秩父へ行った際の「楽しみ」は人それぞれだろう。今なら、川遊びやかき氷などの夏の遊びを楽しめるし、物語の舞台を巡る楽しみ方もあるようだ。親子連れやごく普通の鉄道ファンのあなたは秩父鉄道のパレオエクスプレスを目当てに行くだろう。そして、もう少しディープな鉄ヲタ仲間のみなさんならデキと貨物列車が目的のはず。東急ファンのあなたなら、元東急8500系と8090系である7000系&7500系電車の活躍を目当てに行くのではないか。

2012年8月2日木曜日

【秩父鉄道1000系撮影記事】1010編成に乗って夕涼みに行く


電車が寄居町に入ったあたりで、空模様が怪しくなってきた。熊谷市内から空を見ていても、どうも厚い雲が見えているようだったから、気になっていた。いわば、雲にむかって走っていたようなところだ。

武川と桜沢、野上では鉱石貨物列車と交換した。

2012年8月1日水曜日

【秩父鉄道1000系撮影記事】オリジナルカラー1010編成、元気です


ホームに出て電車を待っていた。すると踏切の警報機が鳴り始めて、遠くから警笛が聞こえる。そこへ秩鉄標準色の1010編成がやって来た。西日を浴びて白い車体がまぶしい。

2012年7月9日月曜日

【小田急8000形ついで撮影記事】やっぱりキミが好き! 小田急8000形をいまさら撮る

私にとって、プライベートや仕事の所用で乗る機会が意外に多い私鉄が小田急だ。幼少期は親戚が小田急相模原駅近くの線路沿いに住んでいて、そこへ遊びに行ったときに、時折そばを通過するロマンスカーが、汽笛ならぬミュージックホーンを鳴らしていたことを覚えている。そして、出身大学が沿線にあって都内から通っていた。お洒落で有名なブランド大学ではなく、工学部と医学部は有名だけど、地方の草食ボンボンが多い頭の悪いほうの大学ね。もちろん、江ノ島に何度も行った記憶もある。子どものころにも行ったし、大人になってからもシツレンするたびにカメラを持ってふらふらと「潮風に当たりに」(苦笑)行った。しょっぱいな、それ。

だが、真面目に電車を撮ったことがない鉄道でもある。撮らなかった理由は特にない。強いて挙げれば、小田急の裾を絞った電車のボリューミーなデザインがずっと苦手だったことだろうか。子どもの頃から最近まで、人間でも女性らしい体型の人はずっと苦手だった。きっとそこに母性を感じるから嫌だったのだろう。いまはどんな人でも好きなのに(以下略)。千代田線乗り入れの「ガイコツ」9000形以外の「小田急顔」デザインがいまいち気に入らなかったことだろうか。お隣を走る京王はもっと大好きだったけど、あちらで好きなのは裾のまっすぐな6000形だったしね。


2012年6月13日水曜日

【伊豆箱根鉄道2012年7月】さよなら、復活赤電1100系電車!(その2)

【おことわり】 本記事は旧ブログにて2012年6月14日付で公開していたエントリーです。各種情報は記事初出時のものです。内容を一部加筆訂正のうえで再公開いたします。




三島駅に停車中の1100系をじっくり眺めてから、先行する3000系電車に乗り込んだ。三島を出てカーブを曲がって三島市内を走る様子は路地裏の感じがいい。こういう町中を走るところも素敵でうれしくなる。三島広小路、三島田町とどこも素敵だ。三島二日町までは町中を走るんだな。で、おやおやと思っていたら富士山を入れて撮影ができる駿豆本線随一の名所を列車は走る。


【伊豆箱根鉄道2012年7月】さよなら、復活赤電1100系電車!(その1)

【おことわり】
本記事は旧ブログにて2012年6月13日付で公開していたエントリーです。各種情報は記事初出時のものです。内容を一部加筆訂正のうえで再公開いたします。


本日、2012年6月13日は、伊豆箱根鉄道駿豆線から元西武701系である1100系電車が運用を終える日だ。運転士に花束贈呈などのセレモニーが行われたことだろう。

それに先立ち、さる11日と12日には臨時快速の運転が行われた。修善寺から三島まで毎日午前と午後に1往復するダイヤで、午前はヘッドマークなし、午後はヘッドマークつきで運転された。また、三島と修善寺では停車中も車内も開放されて、自由に写真も撮れるようにと、実に心憎い配慮がなされていた。まずは伊豆箱根鉄道のみなさまのさまざまな心配りにお礼を申し上げたい。


2012年5月22日火曜日

【秩父鉄道1000系記事】さよなら、秩鉄リバイバルカラー1002編成




3年前のリバイバルカラーの復活は、個人的には忘れられない。国電リバイバルカラーの4編成に続き、秩父鉄道自身のリバイバルカラーを望んでいたのは、昔ながらの秩父鉄道ファンを自認する私だけではないはずだ。 

子どもの年齢が小さいと、自分の趣味に回せる時間や余裕はない。なくてもかまわない気持ちにもなる。でも、この1002編成の旧塗装復活は、私には忘れかけていた秩父鉄道趣味をもう一度再開したいと思わせるインパクトがあった。

2012年5月19日土曜日

【西鉄貝塚線2012年5月】西鉄貝塚線に乗る(その2)


走るところは見られないかとあきらめていた315編成がきた!

さて、数件の訪問先をまわり、香椎宮前からふたたび西鉄貝塚線に乗った。訪問先で予想外に時間をとり、福岡空港から羽田へ戻る飛行機の時間も迫っていたので、西鉄香椎から先に乗りたいと思っていた希望はかなえられそうにない。

少しずつ太陽が傾いてきて、日差しに赤みが差してきた。5月の風が心地よい。

駅に着く直前で貝塚行きが行ってしまい、まずは西鉄新宮行きがやってくるのを待つ。ひとつ先の西鉄香椎で交換してくるはずだ。あいかわらずのんびりしたムードではあるけど、少しずつ帰宅する学生が乗り始め昼より客が増えている。

JRの電車のほうが速いし博多駅まで直結しているようだから、時間も押してきたのだし自分もあちらに乗ればよかったかも……。313形は今日はもう撮れないだろうなと思いながら新宮行き600形を撮っていたら、まもなく貝塚行きが来るとのアナウンスが流れた。

せっかくだし、600形でも写そうと思いホーム端で200ミリを構えていたら……あれ、湘南型フェイスの電車が来たぞ。

キター! 貝塚線の至宝313形のお出まし!


2012年5月18日金曜日

【西鉄貝塚線2012年5月】西鉄貝塚線に乗る(その1)




博多へ行った。もちろん仕事だ。

香椎方面にあるとある企業を訪ねるというのがその目的だが、ついでに市内の得意先を数件回ってくること。そう言われて飛行機を予約した。もちろん日帰りだ。

博多どころか、九州に行ったのも初めてだ。だから、博多市内の土地勘や位置関係がまったくわからない。けれどなんとか路線図を見ていてわかったのは、西鉄貝塚線とJR鹿児島本線が並走していること。貝塚線とは以前の宮地岳線か。そのころは吊り掛け駆動方式の電車が走っていたんだったよね。では、いまはどうなっているのだろう。

なんでも、貝塚線は600形が主だけど、1編成だけカルダン駆動化された313形の315編成が残っているという(当時)。600形も昭和37年製のかわいらしい電車だし、313形は昭和27年製の湘南形フェイス! しかも、西武701系のFS342台車と電動機でカルダン駆動化したというなら、西武ファンとしてはなおうれしい。

西鉄には子どものころから親近感がある。子どものころは野球にも興味があったから、西武ライオンズの前身は西鉄ライオンズだった、という知識もある。西鉄の特急電車2000形は色も前面のステンレスの飾りもなんとなく西武初代レッドアロー5000系に似ている。「西武鉄道」だって縮めれば「西鉄」だ(?)。


2012年3月11日日曜日

【2012年3月】さよなら、485系「ホームライナー鴻巣3号」



国鉄特急色塗装、MT54主電動機と抵抗制御、方向幕、特急マークエンブレム、ダブルパンタグラフ……。こう書いただけでも2012年春のいまとなっては大変貴重な昭和な(国鉄好き鉄ヲタにとっての)国鉄的要素でいっぱいの、新潟車両センター所属485系による臨時急行『能登』間合い運用の、『ホームライナー鴻巣』3号および『同古河』3号は、急行『能登』が金沢の489系電車から置き換えられたあとに残された、首都圏で見ることができる貴重な国鉄特急形車両だった。

【2012年3月JRE185系PETIT撮影記事】(2012年3月11日)「国鉄特急色」に翻弄される朝

【おことわり】
本エントリーは旧ブログにて2012年3月11日づけでアップした記事を加筆したものです。筆者は当時、病気休職して高崎線沿線の「ダーチャ」(ロシア語「別荘」)にて療養生活を送っておりました。

ホームに通過列車の案内放送が流れてまもなく、遠くのカーブを曲がってくる列車のヘッドライトが見えた。来たぞ、185系上り特急「あかぎ」4号!



2012年1月24日火曜日

【西武新101系撮影記事】新年初のリバイバルカラー撮影



坂の下にある駅に停まっている電車は私が立っている場所からでは、走り始めて踏切を越えてこちらに向かってくるまではよくは見えないから、形式や塗装がわからない。でも、私の予想が正しければ、今度の快速急行はリバイバルカラーの271編成が先頭に立つはず。まあ、リバイバルカラーではなくても新101系ならあたりだ。

とか考えながら病院裏のカーブで望遠ズームで構えながら狙いをつけていたら。あたりもあたり、大当たり! 先頭はリバイバルカラーの271編成! よっしゃあ!


2012年1月19日木曜日

【KIEV-6S関連記事&秩父鉄道リハビリ鉄記事】デキ102+108の登場!

デキ102がデキ108を牽引して広瀬から出場
オレンジバーミリオンIIと大麻生で交換する列車が遠くから見えて来たとき、あれ、と思った。

水色の車体でヘッドライトが一つ灯っているから。 ご存知の通り、熊谷~武川には普通は貨物列車が来ないのでデキが走ることは少ない。

パレオエクスプレスを広瀬川原からの出入庫時に牽引する緑デキことデキ201はSLシーズンに熊谷~広瀬川原で見られるけど。

広瀬川原から武川のあいだは、広瀬川原で検査を受けるデキが行き来する程度だろうから、簡単に出会えるとは思っていなかったのだ。
逆光だと痺れるほどカッコいい

しかも、ポジをつめたソ連製120一眼レフKIEV-6Sを持っている日に出会うとは。おまけに、デキのうちでもクラシックさが最も好きなデキ102と108の組み合わせで出会えるとは!

2012年1月18日水曜日

【KIEV-6S関連記事&秩父鉄道リハビリ鉄記事】オレンジバーミリオンIIに感激していたら

KIEV-6SとMC ARSAT (VOLNA-3) 2.8/80の基本セット
秩父鉄道を訪れたときの話をしよう。あれは、7505編成の試運転中のこと。高崎線沿線の「ダーチャ」の帰りにKIEV-6Sを持って大麻生に降り立ったのだった。

KIEV-6Sはブローニー6×6サイズのペンタコンシックスマウントを持つ一眼レフで、見かけはもちろん大柄だ。けれど、ペンタックス67やマミヤRZおよびRB67などに比べたら、標準レンズだけつけて持ち歩くにはそう重い感じはしない。

もっとも、私の場合は露出計のない初期形のアイレベルファインダーだ。というのは、シンプルでこいつがいちばん見た目が好きだから。ただし、視度補正レンズは入れてあってもアイピースレンズの「ぐるぐる」が大きい欠点があるのだが。そして、OP/TECH USAのストラップを使っているから、軽くする努力はしている。

でもいいんだ。あれこれレンズを持ち歩くよりも、標準レンズ一本だけというのは潔くて。

そう、私はずっと「カジュアル中判撮影」ができないかと思い続けていたのだった。

なんだその「カジュアル中判撮影」って?  

2012年1月16日月曜日

【KIEV-6S関連記事】レッドアロークラシックを撮る

モノクロームで撮る夜の雰囲気はいいよね

KIEV-6Sで撮るモノクローム第二弾は、西武鉄道のレッドアロークラシック10000系10105編成を撮影したようすをお届けしよう。 この列車は私がデジタル一眼レフに望遠レンズといったヤル気まんまんな装備を提げているとなかなか出会わないのに、カメラを持たないときや走行写真を撮りにくい装備や状況のときにはわりとよく遭遇するという、「私を泣かせる」電車でもある。
横から見たら懐かしの初代レッドアローみたい

 KIEVを提げて歩いたそんなある日の夕方、池袋駅でレッドアロークラシックに出会った。フィルムはモノクロームのイルフォードXP2スーパーで、モノクロだと自慢の赤い帯がわからないよ、とは思ったけれど、前からKIEVでも写してみたいと思っていたのだから、むしろチャンスだと思うべきだろう。