2013年11月26日火曜日

【デジタルカメラ記事】ぞんざいで耐えられない軽さ

先日、カメラ量販店でとある話題のデジタルカメラを触ってみた。百聞は一見にしかず、とは昔の人はよく言ったもので、いままで写真でしか知らなかったそのカメラは、触ってみたらいままでの印象が一変した気持ちだ。


動作もふくめて軽やかな印象ではある。でもね、なんといえばいいのか……。自分にとってはいまひとつ密度が足りない感じ。もう少しずっしり、あるいはどっしりとした「握りがい」がほしい。角張った、でもエプロンがないところに違和感があるとはいえ、わりとクラシックなデザインからは、勝手にもう少し重量感やしっかりしたソリッド感を連想していた。でも、実機は違ったんだなあ。

電子ビューファインダーや、純正マウントアダプターを用いているにもかかわらずのオートフォーカス動作などは悪くない(コントラストAFのみのほうを試した。できればもう少し迷わずスパッとあってほしいが)。以前のシリーズの大口径単焦点レンズとの組み合わせもいいですよ! と魅力を見せたいであろうデモ機を触って、そのバランスのいまひとつさや、大きなレンズをつけるには頼りない軽やかさを感じてしまうとは、我ながら意地が悪い。

いや、もっと意地が悪いのは、揉み手しながら近づいてきた店員氏についつい、なんだか思っていたものと違って、スカスカでペコペコするんですねえ、このカメラ。などと言ってしまったことだろうけど。そのメーカーの販売会社から派遣されてきた人ならいいのだが(メーカーにフィードバックをマジで切に希望)。おやおや、手厳しいことを言うヲタ客だ、慇懃に笑っておこうという顔をさせてしまい、店員さんサーセンでした。

言っておきますが私は別に、「どんなカメラもハイスペックであれ」などというつもりは毛頭ない。ただ、どんなカメラであってもある程度の使い心地のよさはほしい。機能(スペック)などより使い心地が大事なのだ。しかも、このカメラはわりとちゃんとした値段のする機種だ。それにしては頼りない握り心地であるような気がするのだけどな。貧乏性の私には価格相応の使い心地があるべきだと思うのだが、そう思うのはおかしいのだろうか。

(ついでに言えば、たいていの舶来カメラ・レンズが大嫌いなのは、使い勝手や性能が価格相応と思えず、不当に値段が高く思えるから。高い割にたいしたことがないのではないか、という気持ちになる)

でもきっと、このメーカーには「重い」ことへの抵抗感は多大にあるのだろうと想像する。もちろん、軽いカメラは必要だ。でも、ある程度の機能を持ったカメラなら、レンズとのバランスのためにもそこそこのしっかりした作り(必然的に重さ)は必要だと思うのだ。なにがなんでも軽ければいいというものでもないはず。まあねえ、売り文句が「世界最小・最軽量」なのに、こういう意見をすることそのものがうぜえオッサンなのだろう。まあいいや、あそこのカメラは「すごいっぽい雰囲気」が好きな人たちの製品だもんなあ。

でも、もっとしっかりしてほしんだ。ユーザーの期待を損ねないでほしいな。

※念のために言っておきますけど、タイトル「ぞんざいで耐えられない軽さ」とは、チェコの小説家ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』"Nesnesitelná lehkost bytí"のパクリですよ。ジュリエット・ビノシュの出ている映画のほうは見たことないな、そういえば。