2013年12月31日火曜日

【秩父鉄道1000系撮影記事】下り1010編成を撮る

風に乗って流れて来る警笛とモーター音に耳をすます

羽生から乗った7001編成が1010編成と交換したのを見て、田んぼの中の駅で降りて待った。ほどなくして、1010編成が下り電車として折り返してきた。天気は悪いが文句は言えない。望遠ズームレンズで追い写しをする。電車が駅にさしかかると農業倉庫(の跡)と駅前の団地の姿が目に入って、1989年の頃と同じような光景だな、とちらと考えてすぐに思い直した。いや、1989年の頃と似たようなことをしているのだもの。変わっていないのはむしろ自分だ。

2013年12月30日月曜日

【秩父鉄道1000系1980年代】1989年12月、武州荒木にて1004編成を撮る

1004編成上り列車


秩父鉄道ファンなのに、熊谷〜羽生の北武鉄道が開業させた北武区間にはなかなか行くことができなかった。当時中学生から高校生で、西武線経由のほうが運賃が安かったから。それと、その頃(1990年代まで)秩父鉄道で好きだった電車は急行「秩父路」の300系であり、急行はまだ三峰口〜熊谷でしか運転されていなかったこともあり、どうしても優先順位が下がってしまったというわけだ。初めて行ったのは、1989年12月と手元のネガにある。それもたしか、たまたま熊谷に用事があり、その合間に乗ってみたはずだ。その日、どういうわけかカメラにつめていたのは富士フイルムのネオパンF(ISO32)。そのせいであまり絞れずにいるので、このネガをプリントしてみたことがない。刈り取った後の田んぼがボケてもきれいでもなんでもなく、ボカしすぎているとかえって間抜けに見えるのだ。

2013年12月29日日曜日

【秩父鉄道1000系撮影記事】笑えばいいと思うよ、と1010編成は言った


交換待ちで遠くを見ると白い電車が!

東急8614編成を撮ったり見たりしたのち、羽生で再びそのお仲間である秩父7001編成に乗り込んだ。どんよりと曇った外の景色を見ながらふと交換待ちのようすを見ていると、対向してくる列車が田んぼの中をやって来……白い車体におでこにシールドビーム2灯! 総員戦闘配置につけええええ! とばかりにホームに出て望遠ズームを構えた。「もしかして来るかもしれないな」とちらりと思った1000系1010編成がやって来たのだ。

2013年12月28日土曜日

【東武8000系PETIT撮影記事】8000系2R車回送に遭遇!

ありゃ、大師線の電車が回送って、まさか

先日、東武晴空塔線(笑)で東急8500系8614編成に遭遇した日のこと。実は8614編成が浅草からの各駅停車に連絡した駅に入線して来る際に、別の電車もやって来たのを見ていた。亀戸線の8000系2R車だ。それだけならば「べつに……」「特にありません」(懐かしい)などと読者のみなさんに思われてしまうだろう。私が注目したのは、その2R車がどうやら亀戸方面に折り返すのではなく、回送表示を出して本線下り方向へ出発準備をしているように見えたから。東急8614編成に乗り込みながら、鈍い私でもぴーんときた。

これは、かの伝説的な8000系2R車回送だ!
ををを! 本線に出て行くじゃないの!

2013年12月27日金曜日

【東急8500系関連記事】こんなとき、どういう顔をすればいいのかわからない出会い

東京天空樹晴空塔が完成してから数年経つのに、もしかしてその完成後に東武伊勢崎線、じゃねえ晴空塔線に乗るのは初めてかもしれないな、などと思いながら後続の急行列車を待っていた。
予期せぬ元「伊豆のなつ」号との出会い
上り方に目をやると、地下から出て来た電車が切妻形で正面に2色の水色が見え……えー! 東急8614編成元「伊豆のなつ」号!  

2013年12月26日木曜日

【ニコ爺カメラ話】非純正花形レンズフードを試す

80-200ミリの200ミリ側でまずは問題なし
80ミリ側も大丈夫!
ウフフ☆オッケー♪ でもないけどね
先日、密林でレンズフードを見つけた。お付き合いいただいている方には私のニコ爺ぶりはたいへん悪名高く、「ニコンブランド」以外はロシア・ウクライナ製以外では「ニコンマウントサードパーティレンズ」さえ買わないほどなのに、珍しく「非純正」を買った。というのは描写に影響は及ぼさないから、かもしれない。とにかく、純正よりよい可能性があって安いから。

2013年12月25日水曜日

メリークリスマス!

メリークリスマス! というわけで、新三郷駅前の「夢空間」です。クリスマスイルミネーションが似合う車両なのだから、営業していればいいのにね!

2013年12月23日月曜日

【川越線205系撮影記事】205系をなんとか撮る

日没の頃にようやく205系に遭遇
 先日、山手貨物線区間内で埼京線・川越線の205系を撮ろうとしたらまったく遭遇できなかった話を書いた。筆者は平日は池袋を通るのに、合間に埼京線ホームを見ても車体の裾が膨らませてある、つまりE233系ばかり見るようになった。ラッシュアワーを外すとほんとうに205系になかなか出会わない。JR東日本(あるいは、新津製作所)の本気を出したときの勢いはすごい。

2013年12月22日日曜日

【秩父鉄道C58363撮影記事】C58363、最高です!

川原に汽笛を響かせてゆっくりと登場

先日、秩父鉄道パレオエクスプレス5001列車を駅で交換待ちした日のことを少し書く。気温が下がった冬期のせいか、そもそもコンディションがよいのか。みごとな煙だと感心した。そこで、下りは間に合わなかったのだから(苦笑)上り列車はきちんと撮ろうと思って川原に来たというわけだ。

2013年12月21日土曜日

【ロシアこぼれ話】ルージニキ地下鉄橋の旧レーニン丘駅のこと

中央は閉鎖中のプラットホーム。右の曲線しているものが地下鉄の仮設橋上のトタン屋根の覆い
先日、モスクワ地下鉄の話を少しさせていただいた。そこに貼った写真のなかにあった当時休止中だった旧レーニン丘(レーニンスキエ・ゴールイ)駅のことを書こうと思う。
かつての駅ホーム入口。左右の残骸はエスカレーターのステップ
この駅は1959年のサコーリニチェスカヤ線の延長に合わせて開業した。モスクワ川を渡る橋(ルージネツキー・メトロモスト:ルージニキ地下鉄橋)の1階部分にあり、ソビエト地下鉄初の橋上駅だった。ガラス張りで眺望がいい駅で、おそらくモスクワ地下鉄でも自慢の駅だったろう。ソフィヤ・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニの主演するイタリア映画『ひまわり』にも登場する。丘の方からは川沿いの駅入り口に行ける長いエスカレーターも作られていた。

2013年12月20日金曜日

【秩父鉄道1000系撮影記事】あっと驚く奇跡……1010編成登場!

いい感じに日が差して来たぞ!
町外れの畑のなかで群馬から吹きつける冷たい風に震えつつ、地味なシモブクレちゃんを写していた。雲が気まぐれに沈みつつある太陽を隠してしまい、あたりは薄暗くなり、体感気温がさらに下がる。

ああ寒い寒い。足踏み足踏み。かじかむ指に息を吹きかける。ヒッヒッフー。いやいや、それでは産まれてしまうぞ。とか、ひとりでボケ突っ込み。それますます寒いわ!

2013年12月19日木曜日

【ロシアこぼれ話】「地下鉄Е形電車」のこと

コムソモーリスカヤ駅の環状線乗り換え通路より
先日、いつもお世話になってるおっとっとさんが、「社会主義日本エレクトリーチカ」として、フリーの「妄想電車」Nゲージを完成させたという記事を拝見して、ずっと訪問するチャンスがないまま時間が経っているモスクワ地下鉄のことを思い出した。おっとっとさんの作った電車は「もし第二次世界大戦後に日本の東半分がソビエト占領下として社会主義化したら、こんな電車が走っていたかもしれない」という「共産趣味」に基づいた電車だが、中国国鉄の客車や旧ソビエト諸国の地下鉄電車である「地下鉄E形電車(Вагон Метро Типа Е)」などを彷彿させる、りっぱなできばえだったからだ。

2013年12月18日水曜日

【秩父鉄道PETIT撮影記事】地味な花

シモブクレちゃんも地味に走り回ってる
朝方家を出るときに、集団登校の小学生たちがなにやら歌っていた。どうも聞いたことがあるような歌詞とメロディだと思いながら歩みを進めるうちに、ようやく気づいた。

♪恋するフォーチュンクッキー
未来は
そんな悪くないよ
Hey!Hey!Hey!
ツキを呼ぶには
笑顔を見せること
(AKB48 「恋するフォーチュンクッキー」 歌詞:秋元康 より)

男の子たちが主に歌っていたのでなんだか笑ってしまった。いや、小学生の間へのAKBの浸透力は実に強力なのだ。イ※ンのティーンズ服売り場、あるいは小学校の卒業式に行ってみるとわかる。テーラードのブレザーにチェックのフレアミニスカート、ニーハイソックスというAKBの衣装風アレンジ女の子たちだらけだ。男の子たちはどうなのか(「選挙」について議論していたりして)。

でもまあ、小学生のうちから「ツキを呼ぶには笑顔を見せること」を守っていれば、「未来はそんなに悪くない」だろう。「地味な花は気づいてくれない」なんていうのは刷り込んではいけないと思うけど(苦笑)。

その後も、女子中学生(たぶん中二)たちが風に舞う枯れ葉を素手でつかもうとはしゃいでいたり。郊外の住宅地はのんびりしていておもしろい。地味に。

2013年12月17日火曜日

【西武国分寺線撮影記事】上水沿いの小さな駅にて



思えば西武国分寺線とは、例の地獄の番犬の名前のハゲタカファンドに「廃止しろ」といわれたような路線ではあっても西武鉄道のなかで一番古い、1894年に川越鉄道が開業させた由緒ある路線だ。「由緒あるから廃止するな」などとは私もさすがにいわない。ただ、ここ数年は本川越からの国分寺線直通があることもあって、私のような西武新宿線辺境在住民には、建設当時に川越鉄道が「甲武鉄道との接続」を目ざしたのと同じように、都心へアクセスする身近で必要な路線のひとつでもある。

2013年12月16日月曜日

【秩父鉄道1000系撮影記事】たそがれ時の1010編成

タイフォンを鳴らして現れた1010編成
山の端に太陽が隠れるにはまだ早い。けれど、冬の低い太陽を雲が隠し始めた頃、荒川橋梁に1000系1010編成が現れた。予期せぬ出会いに、カメラを握る手が汗ばんだ。だが、以前から撮ってみたいと思いつつ挑戦する勇気のなかった逆光側からの撮影をするべく、この日は昼過ぎから数時間待ち続けたのだ。幸い橋梁の上で列車は速度を落として走る。慎重にタイミングを狙いながらレリーズした。

2013年12月15日日曜日

【高崎線211系PETIT撮影記事】またもや出会えた211系3000番台髙タカC16編成

特に狙ったわけでもなく再び遭遇!
なんというのか。偶然といえば偶然。でも、自宅からのルートで電車やバスの運転間隔が空いている時間だから、必然でもある。とにかく、このところ高崎線沿線の「ダーチャ」に行くたびに、意識しているわけではないのに同じ時間になってしまい、211系3000番台C16編成に出会う。固定運用なのですな。
勝手知ったるダーチャ下車駅にて

2013年12月14日土曜日

【秩父鉄道デキ撮影記事】旧型デキ、冬も大活躍中!

最古参のデキ102も活躍

何度か書いたことがあるけど、冬の秩父路が好きだ。冬の低い日差しのなかをススキや枯れ葉を背にして走る列車に心惹かれる。春の桜や菜の花、夏の濃い緑と川遊びをする観光客の楽しそうな表情、秋の紅葉ももちろん魅力的だ。それにおそらく、冬の秩父に惹かれるのは私が少年の頃に歩き回った個人的な記憶を重ねているだけに過ぎないとも思うにもかかわらず。

2013年12月13日金曜日

【秩父鉄道1000系撮影記事】まばゆい冬のオレンジバーミリオン1003編成

パレオの後にオレンジキター!

パレオエクスプレス5001列車の発車を見送ったあと、もしかして次に1000系が来るのではないかという根拠のない思いがあった。「根拠がない」とはいえ、これまでの経験上もはや今年度で引退と決まっている1000系が雁行してくることが多いのはわかっていた。もしかしてもしかしないかな、との思いで待ってみたら、やっぱり来てくれた! オレンジバーミリオンII1003編成のご降臨!

2013年12月12日木曜日

【1980年代末の秩父鉄道】秩父100形電車のこと その3

デハ100側の走りをちゃんと撮れた数少ない例
【はじめに】以前のライブドアブログで数回ほど秩父鉄道100形電車のことを書いている。写真は以前お見せしたものではあるが、新ブログでは新たなエントリーとして書きおろすことにする。

何度か書いたように、100形はパレオエクスプレスが走り始めた1988年の6月に運用を離脱した。いま、本稿を書くにあたり手元の「鉄道ピクトリアル」誌1998年11月号特集を参照してみると、1988年2月20日づけでデハ105、クハ67、クハニ25が廃車になり、3月以降に残っていたのはデハ101、デハ109、デハ110、クハニ22、クハニ24、クハニ29II(いずれも廃車は1988年9月15日)とある。4両編成が最末期には<羽生・熊谷 デハ+クハニ+デハ+クハニ 三峰口>だった記憶があるから、88年春にはすでに4連を組んで運用していたのは1運用だけだったという記憶とも合致する。

そして、いずれもパレオエクスプレスに雁行するかたちで運用に入っていたというわけだ。いまも1000系がしばしば、熊谷をパレオエクスプレス5001列車のあとに出て、秩父で追い抜く運用に入ることがある。それを彷彿させる運用だ。

2013年12月11日水曜日

【秩父鉄道C58363撮影記事】C58363、絶好調です!

皆野で出発準備をするC58363
今年の秩父鉄道C58363は絶好調なようだ。私は蒸気機関車のことをよく知らないし、煙をよく見るようなことがないので調子のことはよくわからないでいたけど、先日出会ったC58363は冬期で気温が低いだけではなく、迫力のある煙を出して走っていることに気がついた。実にカッコいい。

そして、昨年の不調と不慮の事故による運休を少しでもリカバリすべく、今年は冬期にも6日間ほど運行するそうだ。やはり、気温が低ければ(運転するほうは大変だろうけど)煙も蒸気もよく見える。おそらくいつもよりも迫力のあるカットが狙えるのではないか。

2013年12月10日火曜日

海へ行った





これではまるで「われ泣きぬれて蟹とたはむる」(石川啄木『一握の砂』 )みたいだ。言っておくけど泣いてなんかいない。もし泣いてもブログになんて書かない。そんな自己顕示のしかたは好きではない。

先日、江ノ電の電車を撮りに数回出かけたというエントリーを書いた。そのときの主目的である茅ヶ崎東海岸での用務の合間の写真だ。湘南とかサザンオールスターズにぜんぜん関心がなくてロマンを感じない人なのに、目の前に穏やかに広がる冬の海を見て、やはり圧倒された。

その広がりや光のまぶしさ、想像もできないほどの昔からあり、私がいなくなっても未来永劫続くのに、そのくせ二度と同じかたちにはならない寄せては消える波。すべてのとほうもなさ。

そんなことを解説するのももどかしい。いかのも後づけの理屈らしくて不自然だ。とにかく本当に言葉を失った。ただ茫然と。

2013年12月9日月曜日

【西武3000系ついで撮影記事】さよなら、"L-train"3015編成!

こうして見ると西武電車は変な顔ばかりかも
電車に乗って移動するのに、いつもならば窓の外の移ろいゆく日差しや流れる雲、色づいた木々のようすを見ながら、合間にカメラのチェックでもして移動中は過ごす。けれど、この日は読みかけの小説の続きが気になりずっと読書を続けていたから、目を上げたときには電車は終点の一つ前の駅にさしかかるところだった。

駅のそばの車両基地で、編成をばらされている紺色の電車が見えた。西武3000系3015編成「L-train」だ。もう運用離脱して解体開始とは、早いな。

所沢で西武ライオンズラッピングのこいつと横浜高速車のベイスターズラッピング列車と離合するシーンを何度か見ていて、撮ってみたいなあと考えたままだった。

2013年12月8日日曜日

【江ノ電関連記事】昔のプリントに300形を発見

304編成に乗ったらしい(運転台に「354」とある)
江ノ電記事を書いたときに、そういえば昔撮った写真があるはずと思っていた。本棚を見たら、アルバムにしたものがあった。ネガももちろんあるはずだが、先日とうとうフィルムスキャナが不調になってしまった(虎の子のLS-4000EDなのに)。そこで、プリントからスキャンしたものをお見せする。ゴミ取りができていないことはご容赦願いたい。

2013年12月7日土曜日

2013年12月6日金曜日

【1980年代末の秩父鉄道】秩父100形電車のこと その2

【はじめに】昨日のエントリーでも記した通り、以前のライブドアブログで数回ほど秩父鉄道100形電車のことを書いている。過去のエントリーを読むとその文章の稚拙さに顔が赤くなる思いだ。そこで、写真は以前お見せしたものではあるが、新ブログでは新たなエントリーとして書きおろすことにする。
クハニ29を正面から(1987年8月)
秩父鉄道100形電車や急行形の300系電車が気になり始めた頃は、一眼レフに交換レンズとリバーサルフィルムを用いて本格的に写真を撮り始めた時期でもある。思えば運がよかったのは、コダクローム64で100形電車を少しだけ写真に残すことができたこと。おかげで、25年ほどたってもコダクロームのなかで100形電車は色褪せることなく走り続けているかのようだ。

2013年12月5日木曜日

【1980年代末の秩父鉄道】秩父100形電車のこと


コニカFP・ヘキサノン52ミリ(1985年8月)
 【はじめに】旧ライブドアブログで数回ほど、秩父鉄道100形電車に関するエントリーを書いた。いま読み返すと初期の頃は稚拙な文章も多く、けれど写真は懐かしい。そこで、今回は2008年6月13日のエントリーを加筆して、写真掲載点数を増やして新ブログのエントリーとしようと思う。

少年時代を振り返ると、いまの秩父鉄道趣味をかたちづくったもののひとつに、なにかと家族を秩父へ遊びに出かけた機会が多かったことが挙げられる。自家用車を所有しない家で西武沿線在住であれば、秩父は当時おそらく西武鉄道が力を入れていた観光地でもあったし、電車一本で行けるわりに変化のある、行きやすい観光地だったからでもあるだろう。
コニカFP・ヘキサノン52ミリ(1986年4月)
初めて長瀞に行ったときも、三峯神社や浦山口の橋立鍾乳洞に行ったときも、御花畑で秩父鉄道の電車を待つのが楽しみだった。特にその頃の秩父鉄道は貨物輸送も盛んで、電車を待つ間に上下数本ずつ貨物列車が来るのを見ることができた。

2013年12月4日水曜日

【秩父鉄道1000系撮影記事】センガタン最後の花火(後編)

電車が留置線で停車したところに花火がぽーん!

 (前回のあらすじ)武甲山の麓の駅に1000系オリジナルカラー1010編成が入庫してきたところに、宵宮の日の「気まぐれ(に私には思えた)花火」が再びぽーんぽーんという感じで打ち上がった。まさか、秩父鉄道の電車のダイヤに合わせて打ち上げているわけではあるまいな。

2013年12月3日火曜日

【秩父鉄道撮影記事】センガタン最後の花火(前編)

宵宮の花火を見ながら出発準備
いよいよ師走だ。今年もあと残すところわずか。そして、秩父夜祭の時期になってしまった。今年一年は思えばはなにを成し遂げることができたのだろうか、などと考えると居心地が悪くて落ち着かなくなるのだが。

それはともかく、秩父党(秩父鉄道ファン)として気になるのはやはり、12月3日の秩父夜祭臨時輸送のもようだ。なにしろ、臨時ダイヤになり午後からは国電区間のラッシュアワーのような混雑になる。そして我らがセンガタンこと1000系電車が夜祭輸送に貢献するのも今年で最後なのだと思えば、なおのこと気になる。
まるで気まぐれのように花火がぽーん!

そこで、通常運行である宵宮の日にようすを見てみた。昨年は夜祭当日に夕方の御花畑団子坂の架線撤去による、御花畑と影森間の運転分断前に1000系3編成が秩父に揃うようすを見ることができた。準備のいい人は花火と合わせて撮影できただろう。

私はああなるほど、とは思いながらもそういう絵は撮らなかったけど、やはり気にはなっていた。

2013年12月2日月曜日

【江ノ電ついでに撮影記事】またもや305編成を撮る(その2)

海沿いの有名駅でイルミネーション点灯開始
さて、海沿いの駅で日没を見届けたあと、もう少し薄暮のなかで撮れないかと考える。人工灯があれば薄暮でも撮れるし、列車の速度が遅ければなんとかなる。というわけで、日が沈んで建物の影に悩まされないで済む併用軌道区間へ行ってみた。
信号待ちのクルマのむこうに305編成登場!


2013年12月1日日曜日

【江ノ電ついでに撮影記事】またもや305編成を撮る(その1)

いきなり引き当てた305編成。しかも鎌倉方
またもや江ノ電を撮った。湘南とかサザンオールスターズに興味がない人間が、週に2回も沿線に行ってしまったのだから、我ながらおかしい。いやまあ、先日と同じように用務で行くことになり、その帰りのついで撮影ではあるとはいえ。
うーむ。鎌倉方ですか

江ノ島駅にたどり着いたのはもう日がかなり傾いた頃で、もっと日が高ければ腰越や滝口寺あたりで撮ろうかと思っていた。けれど、もう建物の影になってしまう時間だ。さてどうしよう、と思っていたらいきなり305編成が現れた。しかも鎌倉方に連結されている(相手は500二世)。うーむ、順光では正面が撮れない時間だし。というわけで、またもや超有名駅まで行ってみた。海沿いで影は出ても日が当たるだろうから。