2014年1月31日金曜日

【秩父鉄道撮影関連記事】秩父鉄道で昼食を


やれやれ、わかりやすいパロディのタイトルだ。実は最初に考えたのは『ひるめしのもんだい』(椎名 誠 1992年文藝春秋)だった。でもそれは、残念ながら1990年代すぎる。あ、でも2000年代なら「椎名」といえばすでに「林檎」だったけど、いまは「椎名」というと誰だろう。どうでもいいか。

「秩父鉄道で昼食を」といっても、少し斜視で、かごの鳥になりたくない、自分の意思のままにありたい思う魅力的な女性(*1)は出てこない。少し白内障の、飛べない豚はただの豚だなどと生意気なことばかりいう、理屈っぽい中年男(つまり私)が出てくるだけだ。たまにものを書く売れない男は出てくるが(やはり、私だ)。

そうしたくだらない舞台裏はどうでもよろしい。今回のエントリーで話題にしたいのは、秩父鉄道沿線で鉄道利用の人がいかにして食事をするか、という話だ。
秩父市内なら困ることはないのだけど(影森)

2014年1月30日木曜日

【秩父鉄道1000系撮影記事】1010編成引退間近に、ふと思う

カーブを曲がって駅に停車

秩父鉄道1000系1010編成が、2月23日日曜日の「さよなら 1010 号(秩鉄オリジナルカラー)引退記念臨時運転」をもって引退するということは、秩父鉄道Webサイトで告知された通り。もう1ヶ月を切るというのに、なんともあまり実感がわかないような気もする。でも、かつては12編成もいて見飽きるほど見たり乗ったり、あるいはここ数年は足しげく通って撮ったのだから、実際に引退後に線路際に立ってみて1010編成が来ないことを感じて、もう走ってこないのだなと実感するのだろうか。

2014年1月29日水曜日

【いすみ鉄道国鉄色気動車撮影記】キハ52+28急行に乗る&撮る(その2)

キハ28も幌がつくと迫力があるね 大多喜
どどどどどどどどどどどどどどどど……

列車が力行し始め、DMH17エンジンがうなる。排気ガスがぶわあ、と吐き出される。いよいよいすみ鉄道急行1号の出発だ。車掌のアナウンスの前に懐かしいオルゴールを聞いて、ふと頬が緩む。

社長のコレクションらしい車内中吊りの広告も、見たことがないものがたくさんあった。一見の価値がある。

2014年1月28日火曜日

【いすみ鉄道国鉄色気動車撮影記】キハ52+28急行に乗る&撮る(その1)

まずは大多喜を出たキハ52を狙う
がらがらがらがらがらがら……

シャッターを開けながら売店の女性たちは、にこやかに言う。 おはようございまあす、急行指定券は9時から発売いたしまあす。列を作ってお待ちくださあい。

私を含めて、あきらかに観光客ではない男だけの集団がおずおずと列を作る。場所はいすみ鉄道大原駅。午前8時半過ぎ。特急わかしお一号から大原で降りた客がみなここにいてすごいな! と少し驚いた。そのうち、後続の外房線各駅停車から降りた客と、いすみ鉄道のレールバスから降りた客も集まり始め、小さな駅はそれなりの人数で埋まり出した。朝一番の急行列車のせいか客は全員男性で、子どもや親子連れ、女性連れがいないところにも笑った。

2014年1月27日月曜日

【JR鶴見線1990年代】101系冷改車と103系更新車の競演

以前も書いたことがあるが、私の年齢だと国鉄101系や103系というのは生まれたときから走っていた電車なので、特に103系は国電区間のどこででも見られたような電車だから、珍しくも何ともない電車だった。

似たような顔でもどちらかというと101系のほうが好きなのは、私が物心ついたときには中央快速線の一部と青梅線直通電車、中央緩行線、南武線と鶴見線、そして武蔵野線くらいに追いやられて、それなりに「希少価値」が出始めたこと、そして前面窓の上下のプロポーションの違いが、大窓のほうが好きだったからということによる。とはいえどちらも、私より上の世代の旧型国電ファンに憎まれた電車ではあったろう。
101系冷房改造車

2014年1月25日土曜日

【秩父鉄道1000系撮影記事】1003編成オレンジバーミリオンを青空バックで撮る

ホーム端に何人もいるようになるとは
吹きつける北風を背に快走するオレンジバーミリオンIIに御花畑からゆられ続け、北武区間の田んぼのなかの駅で降りた。赤味がさしてきた日差しがまばゆい。あれ、いつもと違ってホーム端に何人かいるぞ。

これでは、「豚ちゃんのところ」(養豚場付近)には何人もいるだろうな。あそこはスッキリした編成写真としての絵は撮れるけど、絵にバリエーションがつけにくい。そして、寒いし匂うからパス。ということで、やはり有名な別の場所に向かい、まずはナナハチをゲット。そこで、いやあ、風が冷たくて寒いですねえ、とごあいさつしたのが、先客としていらした先日コメントをいただいた「ウラハル」さんだ。


2014年1月24日金曜日

【秩父鉄道7800系撮影記事】ナナハチ、冬空に輝く

広瀬川原では7803編成を目撃
さて、秩父鉄道1000系1003編成オレンジバーミリオンIIで広瀬川原を通過したときに、7803編成を目撃した。試運転を始められそうな雰囲気で、着々と秩父ナナハチくんが増え続けているのを感じながら熊谷に到着。すると、7801編成は「大滝氷まつり」ヘッドマークがついて昼寝中。7802編成は羽生方へ出庫準備をしていた。これはすぐにナナハチが撮れるな、と思い田んぼのなかの駅で下車して、ほどなくして現れたのが熊谷で出庫準備をしていた7802編成だ。

2014年1月23日木曜日

【秩父鉄道1000系撮影記事】オレンジバーミリオン1003編成に乗る

日影には雪が残っていた

さて、1月20日に秩父鉄道より1000系電車の引退関連の情報開示がなされて、1000系電車の引退のカウントダウンが始まったというところだろうか。これで、秩父谷もしばらく騒がしくなるだろう。先日、ニコンFEの試写をすべく秩父に行ったときにも、冬のパレオ運休時期にしては珍しくあちこちでカメラを構えるファンや、カメラを持って乗り込むファンの姿が目についた。残りの期間に大きなトラブル(車両の故障やルールを知らないファンの妨害行為など)がなく無事に運用完了してくれればと切に思う。

この日は朝方、熊谷でも降雪があったと天気予報で見ていた。秩父でも朝は雪が残っていたのかもしれないと思いつつ、家を出たのが昼前なので雪は期待していなかった。それでも、日影では雪が残っていたから、早朝から出ていた撮影者は「早起きは三文の徳」を体感していたことだろう。私自身は恐らくもう、1000系と降雪シーンを絡めて撮ることは無理だろうなと思っているのだが。それでも、何度も書いているけど秩父の冬の様子が好きなので、雪がなくても冬枯れの光景は見ておきたい。

2014年1月22日水曜日

【東武越生線2014】越生線8000系ワンマン車に乗る 続編

西武線内を走る元町中華街行き東急5050系に乗ってドア上のTOQビジョン(東急の交通広告)を眺めていた。魔女鼻のモデルの女性が東急電車で行けるあちこちを紹介する、いつものアレだ。
都市近郊の農地はビニールやシートに要注意だな
そうね横浜は終点だものね、ふむふむ。といままでは違和感なく見ていたのだけど、今朝はのけぞりました。越生えええ? 黒山三滝いいいいい? 

越生まで東急5050系は直通しないじゃん。「いつもの電車で一直線」では行けないし! って。 越生に行くには、いつもの電車を坂戸で地味な電車に乗り換えるのだ。いつもの電車が八高線や川越線の人は、高麗川で地味なディーゼルカーに乗り換えね。だからさ。

東上線とは違うのだよ、東上線とは! 

2014年1月21日火曜日

【ニコ爺チラ裏記事】ニコンFEを手にして(秩父鉄道1000系関連情報もあり)

いま、手元にニコンFEがある。私の所有物ではない。入院して身動きがとれない友人に頼まれて探したものだ。色はクロームで、レンズはAi50ミリF1.8Sの「国内バージョン」などともいまは呼ばれているものをつけてある。国内用は最短撮影距離45センチメートル。輸出用は60センチメートルだった。とはいえ、それほど珍しいレンズでもない。

ニコンFEとしてもごくありふれた個体で、変わった点があるとするなら、方眼マットスクリーンを入れてあることだろうか。
久しぶりに手にしたFE+Ai50ミリF1.8S
私はいま、ふだんはフィルムで撮ることをほとんどしないし、かつて自分で所有していたNew FM2クロームもFM3Aブラックも手放してしまった。だからFMおよびFEクラスのカメラ手にするのは久しぶりだ。手元に残してあるフィルムニコンはF、F2そしてF4だけだ。そのうち一番好きなのはF2だ。それでも最近では年に数回しかフィルムを通していない。

2014年1月20日月曜日

【東武越生線2014】越生線8000系ワンマン車に乗る

東武鉄道が地味だなどとしばしば書く。それでも東上線や伊勢崎線・日光線は本線としての風格もある。野田線はいま10000系や60000系の導入、あるいはアーパー線、じゃなくてアーバンパーク線(笑)という愛称がつくなどと、いまちょっと旬だ。いっぽう、東上線坂戸から八高線越生を結ぶ越生線というのは、地元の利用客以外には注目してもらえそうにない、地道で地味な路線だと思う。1984年頃、7800系が走っていた頃は一瞬アツかったかもしれないが。

思えば私も越生線に乗ったのは、すみません、25年以上前でした。

だからというわけではない。けれど、坂戸と東松山で所用があったこの日、ふと思いついて越生線に乗ってみた。なにしろ25年以上前に乗ったきりだから、すっかり覚えていないことがとても新鮮だった。
時間が遅くて影が邪魔ですが

ホームすぐそばの小さな踏切

2014年1月19日日曜日

【211系&115系PETIT撮影記事】「耐寒耐雪装備」に惹かれる私

霜取りパンタグラフといえば、両毛線用に用いられている211系3000番台を挙げるべきだろう。もともと、耐寒耐雪仕様で寒冷地向けの211系3000番台車に、架線の霜取り用のパンタグラフを増設したクモハ211を先頭にした編成が組まれている。以前は、5両編成で高崎線の付属編成としても運用されていたため、高崎線でもこの2パンタグラフの編成を見ることはできた。

ただし、高崎線内では先頭のパンタグラフを上げることはなかった。その増設したパンタグラフを上げる姿を見てみたいと思っていたところ、高崎でようやく見ることができた。なかなかかっこいい。211系が凛々しく見える。
両毛線211系3000番台と吾妻線115系1000番台
211系も前パンだと凛々しい

2014年1月18日土曜日

パンタグラフ凍結防止灯を見る

午前8時近くの自宅付近に駐車中の乗用車の霜

このところほんとうに連日冷える。寒い寒い、と足踏みしながら待って乗り込んだ横浜線は、夜なのに相変わらずの混雑ぶりだ。

ハマ線って、どうしていつ乗っても混んでいるのかな。

などと考えながら八王子で乗り換えようとホームに降りた。すると、ところどころ電車の屋根上を照らす照明があることに気づいた。パンタグラフが照らされている。よく見ると上下のホームでパンタグラフのある位置に、大きな照明があった。
ハマ線205系のパンタグラフが照らされている

2014年1月17日金曜日

【上信電鉄7000形撮影記事】新車7000形のこと

下仁田から現れた7000形

上信電鉄が昨年度から新型車両を導入することは、ときどき同社Webサイトでチェックしていた。なんでも、昭和56年の6000系以来久しぶりの新造車であり、メンテナンス性を考慮してステンレスではなく鋼製のボディにしたとか。そして、ついに上信電鉄ではじめてのVVVF制御にボルスタレス台車、ワンハンドルマスコンにシンブルアームパンタグラフと、新機軸が目につく。そもそも、上信電鉄は昔は斬新な独自新型車両を用意する会社だったというのは、もしかしたらアラフォー以上の鉄道ファンでないと知らないかもしれない。同社1000系は正面に一枚窓を用いて、斜めのラインを用いた塗装など、昭和52年度(1977年度)鉄道友の会ローレル賞を受賞した、地方私鉄の星ともいうべき輝いて見えるような存在だった。

2014年1月16日木曜日

【東武9000系記事】東上線9000系を堪能す

「時の鐘と蔵の町」の副駅名のない川越市内の駅にて地下鉄コンビ
東武9000系は私の子どものころの大好きな電車のひとつだった。東武電車は無骨な8000系「東武顔」や木の床で幌枠の正面についた厳つい顔つきの7300・7800系がセイジクリームをまとい無愛想*に走る、あまりスマートではない電車というのが私の印象。というのも特急DRCや5700系急行が走る本線系統ではなく、東上線のほうに親しみがあったから。

そんな折に地下鉄直通用に登場した9000系は私の度肝を抜いた。正面非対称で無愛想と言えば無愛想。でも、その頃は営団地下鉄の電車のように正面非対称のデザインは前衛的でカッコよかった。それが、地下鉄ではなくあの(ぶっちゃけ)ダサい東武にデビューしたのだ。だからたまに利用する池袋で見かけたときに、なんてカッコいいのさ! と思ったものだ。

ステンレス車は半逆光で撮るに限るね!

2014年1月15日水曜日

【西武新101系譲渡車】上信電鉄500形501編成を撮る

999よりもこの塗装がいいって!
上信電鉄は西武鉄道と資本関係がないのに、車両に関してはすっかり西武風デザインが席巻してしまったかのように思える。流鉄もかつての総武流山電鉄時代に、所沢工場で扱った中古車を導入していらいの上得意みたいだけど、上信は自社発注車200形2次車まで西武所沢製で当時西武で作られていた801系に側面はそっくりだったり、いまや新潟トランシスにまで、あたかも「西武風デザイン」の電車を発注するほどだ。200形を新造したあとに西武から元451系である150形を導入したほどだし、よほど20メートル3ドアでドア間窓4つというのがお気に召したのか。
塗り替え後の元西武451系の最後の編成にようやく出会えた

2014年1月14日火曜日

【西武新101系譲渡車】秩父鉄道急行「秩父路」を撮る

半流線型の先頭部と逆L字の無線アンテナが元西武新101系の証拠
西武新101系のことを記事にしたら、まだ走っている新101系に会いたくなるのが人情というもの。もちろん、それは「西武ファンにとっての人情」でしかないことくらいは理解しておりますよ(汗)。

2014年1月13日月曜日

【西武鉄道1980年代】デビュー当時の3000系

ツートンカラーでスカートのない登場時の姿
さて、先日は1986年春の西武池袋線江古田駅付近を走る101系電車の様子をお目にかけた。この日はそのエントリーでも書いた通り、デビュー間もない3000系電車を見に行くのが主目的だった。3000系は新101系に似せた3扉のデザインの車体に足回りは2000系と同じチョッパ制御車だった。初の8両固定編成で、各駅停車に主に用いられた。この8両固定でほかの形式と混結できないところが、2000系のような柔軟な運用をこなすことができず現在の置き換え対象となってしまった。

2014年1月12日日曜日

秩父鉄道でミシシッピー・ワン

「秩父鉄道でミシシッピー・ワン*」などと書いても、秩父鉄道好きのお仲間にはさっぱり意味がわからないだろう。数人の写真仲間のかたには、あああれね、とご理解いただけるかもしれない。半分冗談だけど、半分本気だ。

2014年1月11日土曜日

【西武鉄道1980年代】1986年の新101系と5000系レッドアロー

ヘロヘロの柵と自動車も昭和っぽい

さて、昨日は1986年春の西武池袋線江古田駅周辺を行き来する101系初期車の様子をご覧に入れた。今日は新101系と5000系レッドアローをお目にかけようと思う。つい最近まで池袋線で見られたのに、いまでは多摩湖線か多摩川線、あるいは譲渡先の私鉄に行かないと新101系が見られないということは、いまでもまだ容易には信じがたい気がする。

2014年1月10日金曜日

【西武鉄道1980年代】池袋線の101系初期車

私の自宅のメインマシン(林檎計算機)のOSアップデートをやめた。というのも、PowerPC系ソフトがまだ残っているから。最新OSではPowerPC系ソフトを動かすことができない。私にとって重要なもののひとつにフィルムスキャナのドライバがある。もはや数世代前のOSからサポート対象外であり、いささか挙動が怪しいことがあるものの、最近またなんとか動くようになった。そこで、ふと昔の西武線を撮ったネガのことを思い出してスキャンしてみたのが今日お目にかける画像だ。ネガシートに書かれたメモには、1986年4月とある。昭和61年のことだ。

当時私は西武池袋線江古田駅と新宿線沼袋駅の中間地点に住んでいた。どちらにも歩ける距離だった。必然的に父親からカメラを借りて写しに行く先は近所の江古田駅か沼袋駅となった。もっぱら気に入っていたのは池袋線だ。というのも、101系電車がお気に入りだったから。そのころ、池袋線に久しぶりの新形式である3000系電車が走り始めたと聞いて、とある放課後(春休みだったかもしれない)に江古田まで行ったのだと思う。
分散クーラーの冷房試作車の唯一の写真

2014年1月9日木曜日

【ニコンカメラ話】レンズ選びのこと

ちょっと悩んでAdobe Camera Rawで現像
先日、D2Xのことを書いてから遅まきながら思い出した。D2Xは2004年の発売当時、その実力を発揮するには「レンズを選ばないといけない」カメラだった。ミドルクラス機も1,200万画素をあたりまえに越えたいまでは気づきにくいかもしれないが、600万画素がひとつのスタンダードだった当時、その倍の1,200万画素とは従来のレンズ性能では限界を示してしまうひとつの境界だったようだ。

2014年1月8日水曜日

【秩父鉄道1000系撮影記事】緋色の研究:オレンジバーミリオン1003編成快走!

直線区間をやってくる
「緋色の研究」などとは大げさなエントリータイトルで恐縮だ。「オレンジバーミリオン」(国鉄の言い方だと「朱色1号」)が「緋色」(スカーレット)なのかという突っ込みはあるだろう。単にコナン・ドイルの書名から使っただけだよ、ワトソン君。

2014年1月7日火曜日

【ニコンカメラ話】Nikon D2Xいまだ現役

この冬は久しぶりに「本務機」であるNikon D2Xを使っている。2005年の12月末に入手して以来使い続けた、もう数世代前のデジタル一眼レフだ。

パソコンは2年で一世代更新するので、いまやその周辺機器のひとつであるデジタルカメラもそれに歩調を合わせて2年ごとにモデルチェンジしていく。各社の一桁の数を銘するフラッグシップ機は4年でモデルチェンジすると言っていい。実に困ったことだと思うけれど、それは仕方がない。

D2Xを例にとれば、約1,240万画素という画素数はいまやエントリー機以下だし、約5コマ/秒という連続撮影速度もミドルクラス以下だ。背面液晶のサイズは割と大きめだけど、約23万ドットと約92万ドットから約100万ドット以上が主流のいまとなっては、視認性はまったくよくない(ピントが合っているのか拡大再生しても周囲が明るいとわからない。しかも、液晶保護ガラス内部に汚れがある)。もちろんライブビュー機能もない。AF測距点の数も11点しかない。デジタル部に至っては、ダイナミックレンジの狭さ(ディープシャドーへのつながりがいまひとつで、急激にディープシャドーへ落ち込んでしまう)や感度の低さ(ISO400以上はあまり用いたくない。ISO640を越えると緊急用だ)など、いまやエントリー機のほうが後処理をせずに撮りっぱなしでもすむ絵を吐き出すだろう(もっとも、業務用途では当時もいまでも撮りっぱなしということはありえないのだが)。オートホワイトバランスも当時は優れていると評されていたけど、いまとなっては古くさい。
日中の明るい場所では背面液晶はほぼ見えませぬ

2014年1月6日月曜日

【秩父鉄道デキ撮影記事】デキ107&108、素敵です!


この冬にうれしく思ったのは、秩父でデキ108の活躍を何度も見る機会があったこと。秩父の旧型電機デキ100形はいくつかのタイプに分類できることはご存知の通りだけど、秩父オリジナルで角形ボディ(デキ102、赤デキ103の1954年製造車)、角が少し丸くなったタイプ(デキ104〜106の1956年製造車)、松尾鉱業鉄道からやって来たデキ107、108(1951年製造)がある。このうちデキ107と108には窓上のひさしやホイッスルカバーがあり、同時代に作られた国鉄EF15を彷彿させる顔つきをしていてカッコいい。

2014年1月5日日曜日

【秩父鉄道7000系列撮影記事】秩父暮らしのハニワッティ&シモブクレッティ

歴史のある鉄橋を渡るシーンは秩父ならではの魅力
パレオエクスプレスの正月運行が終わり、C58363は春までの整備期間に入った。これから春までは秩父党でも最右派である「1988年(パレオ運行開始)以前からの党員」を自認する長老派、都営派、西武抵抗制御派あるいは東急派、さらにはデキ派などの非主流派である非蒸機諸派(苦笑)の季節になる。

もっとも、2013年度いっぱいで引退する1000系電車の日常の姿を狙おうという人はいるだろうが、イベント列車ではない限りもう少し穏やかな雰囲気であろうとは思う(希望的観測だが)。

2014年1月4日土曜日

【西武新宿線PETIT撮影記事】2403編成前パン&オール幕車編成で走る

二段窓の西武2000系初期車は新宿線系統専属の形式なので、筆者は「西武新宿線」というとこの2000系をまず思い出す。筆者が沿線で過ごした子どもの頃から走っていた存在で、もっとも当時は3ドア車の701・801・401系が優等列車運用に入り、当初6両固定編成しかなかった2000系は、もっぱら各駅停車として走っていた記憶がある。

その後、8両固定編成や編成組み替えで余ったクハを改造した2両固定編成(2400番台)が登場して、いかにも西武鉄道らしく2連や6連を組み合わせて優等列車入りするようになり、さらに足回りや20メートル4扉という基本仕様が同じながらもスタイルを変えた増備車(4連が登場した。それもなぜか3M1Tで)が増えるに従い、2連、6連、8連をさまざまな組み合わせでいまでも縦横無尽に走り回っている(ただし、初期車は新宿線系統でしか運用されない。西武球場前行き臨時をのぞいて、まれに池袋線や狭山線内運用に貸し出されることがはあり、そうなると西武ファンの「祭り」になる)。西武で一番製造数が多い形式はいまや2000系と新2000系を組み合わせた2000系シリーズなのだそうだ。

仔細に観察すればベンチレーターの違いや方向幕の有無なども登場時から存在したものの、地味な運用入りのせいか、それとも「西武3ドア車命」すぎたからか。2000系シリーズは筆者にはいまひとつおもしろみが感じられないでいたので、最近になって登場時のスカートなしの姿や灰色Hゴム、側面方向幕がなかくパンタグラフも置き換わる前の姿、あるいは2400番台の2連がチョッパ制御車なのに旧型のAK-3コンプレッサーなど、それらを撮った写真がほとんどないことに気づき、少しだけ後悔している。まあ、こればかりは仕方がない。

その2400番台の2連はすべてスカートを装備し、シングルアームパンタグラフになり、行き先表示がLED表示になった。ところが、どういうわけか昨年秋に検査出場した2403編成だけが方向幕に戻された。とても不思議な存在だ。数年前までは2413編成が唯一AK-3コンプレッサーを残したままの不思議な存在だったのに。もしかして、西武の社内に「2400で遊びたい人たち」がいるのだろうか。そんなはずはないか。

さて、地元駅まで散歩に出た夕方のこと。駅前の踏切で目の前を通過した上り電車を見て驚いた。2403編成が新宿方(つまり前パン)で、しかもそれに続く6連が貴重な幕車だったのだ。前パン+オール幕車で2000系だけの8連!
西武新宿に到着した2403編成+2009編成
オール幕車の8連でしかも前パン!

新宿線のことをご存知の方ならご理解いただけるだろうか。実は、「2000系初期車だけの8連または10連」それも、2400が新宿方に連結されているケースというのは、新宿線でもなかなか見ることができないのだ。新宿線の2400の連結位置は、池袋線とちがって外部から見ると法則性が見いだしにくい。池袋線なら2連は新2000系でも30000系でも必ず飯能方につき、前パンになる。新101系もそうだった。ところが、新宿線の場合は「わりと本川越方になることが多いけど、ときどき新宿方にも連結される」としかいいようがないのだ。南入曽および玉川上水と上石神井の中の人、どうなっているのですか!?

2014年1月3日金曜日

【秩父鉄道C58363撮影記事】C58363「SL秩父路はつもうで号」を撮る

日章旗があるならとカーブ外側より真正面から

秩父鉄道C58363が年末年始のうち6日間の初の冬期走行をしているのは既報の通り。1月1日から3日までは日章旗を着けて休日ダイヤで秩父路を走っている。三が日はたいてい好天に恵まれるものだ。そして通常運行の終わり頃に見たC58363が気温が低いこともあってなかなかいい煙を出しているのが印象的だった。そこで、たまにはパレオくんの晴れ姿をきちんと撮ってみようと思い立ち、出かけてみた。

2014年1月2日木曜日

【秩父鉄道7800系撮影記事】走れ秩父7802編成


東急テクノシステムから秩父鉄道熊谷工場(広瀬川原車両基地)に搬入されたものの、なかなか姿を見ることがかなわなかった7800系第二編成。先日、私もその姿をようやくこの目で見ることができた。ご存じの通り、7800系(以下、ナナハチと略)は第1編成が2013年3月より運用入りしていたものの、1編成しかないのにわりと「神出鬼没」な存在で、さまざまな場所で不意に現れる印象があった。基本的には影森〜三峰口に用いられるようで、平日夕方に三峰口で寝ている姿を目撃したこともある。けれど上り方面から現れたこともあり、また、日曜日も午前中を過ぎると羽生方面へ走る電車に充てられているようだから、その姿を捕まえるのはけっこう難しかった。それが、いつもお世話になっているおっとっとさんの記事にもあるように、2編成にもなれば捕まえる機会も増えたということになる。いやあ、私はどうも前パンの2両編成になんだか萌えてしまうのですよ。うまく説明できないツボなのね。種車が同じでも7500系より好きだな(7500系は第1編成と第4編成の前照灯が低い位置にある編成は好き。愛嬌があるもの)

2014年1月1日水曜日

【秩父鉄道1000系撮影記事】1010編成、この冬も活躍中!

あけましておめでとうございます!

親愛なる読者のみなさま、新年あけましておめでとうございます。本年も小ブログとよろしくおつきあいくださいますよう、よろしくお願い申し上げます。みなさまの社会生活と趣味生活でのいっそうのご活躍と、みなさまの親しい周囲の方々をふくめたご健康をお祈りいたします。私やみなさまにとって新しい一年が実りあるものになりますように。