2014年4月29日火曜日

【上毛電鉄撮影記事】元井の頭線3000系活躍す


上毛電鉄を訪問したのははじめてだ。デハ101を見たくて出かけたのは先日のエントリーのとおりだけど、元京王井の頭線3000系である700型もいまとなると好ましく思えるようになってきたから。なにしろ、いま頑張って走っている古い電車は見てみたい。気になる昭和の電車がいつまでも走り続けるわけではない、ということはこの歳になればたくさんの経験を経て知った(苦笑)。「いつまでもあると思うな古い電車」である。

2014年4月28日月曜日

【上毛電鉄撮影記事】デハ101を撮る

カーブを曲がって姿を現したデハ101
おだやかに晴れた日、あたりいちめんに咲く菜の花がまぶしい。頭上の木々は青々と萌え、小鳥のさえずりと風にゆられる葉の音を楽しんでいた。すっかり春本番だ。

2014年4月27日日曜日

【西武新宿線撮影記事】2000系幕車8連と国分寺線用3000系を撮る


望遠レンズと一眼レフで鉄道を撮るという行為は私にはやはり、一種のスポーツのような趣味のありかたなのだろう。このところ平日は案件が忙しくそういうことができず、せいぜい持ち歩いているミラーレス機+標準レンズでちょこちょこ撮るだけでは、なんというかあまり爽快な気持ちがしない。そこで、地元で用事を済ませたあとに所沢でしばし地元の西武新宿線を狙ってみた。カメラはD7000+80-200ミリだ。

2014年4月24日木曜日

【上田交通1986年】「美しい時代へ」いたる前史の残滓。上田交通デハ3310+クハ3772



小ブログは最近どうやら「東急電車のブログ」になりつつあるようだ。でもそれは、 そういう「路線」を意図しているわけではない。いや、意図していないというわけでもないとはいえ、最近の私の趣味的な興味が地元の「地獄の番犬(ケルベロス)の名前のハゲタカファンド」に支援を受けて再上場を果たした黄色い電車ではなく、そこを走る銀色に赤い帯の電車のほうにあるから。そのケルベロス線、じゃねえ、西武の電車を見てもおもしろくもなんともない「西武不感症」な状態にも困りものだ。

そういえば、先日は特急レッドアローの東横線直通の是非が語られている媒体があった。まずは桜やシバザクラ、ヒガンバナが咲くシーズン中の土休日や祝日に西武6000系や東急5050系快速急行の延長運転を行ってみるべきだろう。

さて、今日はそんな「美しい時代へ」移る前の1975年および1983年に、 上田交通(当時)にやってきた東急デハ3310とクハ3772の姿をお目にかけようと思う。撮影は1986年10月1日。1500Vへの昇圧が行われた日のことだ。

2014年4月23日水曜日

【東急田園都市線PETIT撮影記事】田都楽しいかも

考えたら田園都市線内で電車を撮ったのは初めてなのかも
最近、朝から晩までなにやら「東急の電車漬け」だ。朝、西武の本拠地である所沢から乗る電車は「元町・中華街」行き。都心で半蔵門線に乗るので、再び東急の電車に遭遇する確率が高い。

おまけに、趣味で大好きな秩父鉄道も主力は元東急車だ。東急沿線に住んでいないのに、これでは公私ともに東急の電車に囲まれているではないか。


2014年4月19日土曜日

【秩父鉄道C58363撮影記事】西日をあびて

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撮影したのはソメイヨシノが咲き始めた頃だから、もういささか前になってしまった。「SLさくら号」のヘッドマークを着けたC85363がSLパレオエクスプレスとして走った日のことだ。

2014年4月14日月曜日

【秩父鉄道1980年代】急行「秩父路」用300系電車のこと その3

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塗装変更された301編成(1987年4月)
【はじめに】以前のブログで何度か記事にした秩父鉄道300系電車について、加筆して再録する。第3回目は300系電車の塗装変更のことについて。

■1000系導入時の塗装変更
  今回は私的なエピソードを交えて書くことをお許しいただきたい。長らく小豆色とはだ色のツートンカラーをまとっていた秩父鉄道の電車は昭和61年(1986年)の1000系電車導入を期に、黄色に茶帯(近年の言い方で言うところの、いわゆるチョコバナナ塗装)に置き換えられた。バスやタクシー、ロープウェイの車両もこの塗装になり、分社化したままいまでもこの塗装なので、沿線に行かれるみなさんには馴染みがあるだろう。

 いま思えば省力化とコストダウンを兼ねたこの塗装は、当時の私には正直言って残念でならなかった。小豆色とはだ色のツートンカラーは東武の急行色のような色合いではあっても、塗りわけラインの位置の低さがローライズジーンズのような、重さを感じさせない巧みなバランスを持っているように思えて、たいへん好感を持っていたからだ。

 急行秩父路に用いられていた300系電車はこの時代、黄色に紺色の帯を巻くことで、一般用車両とはちがうことをアピールしていた。アルミ合金製のサハ352には黄色と紺色のラインが入れられ、これはなかなか巧みな意匠に思えた。


2014年4月13日日曜日

【秩父鉄道1980年代】急行「秩父路」用300系電車のこと その2

デハ302。旧塗装期の末期
【はじめに】以前のブログで何度か記事にした秩父鉄道300系電車について、加筆して再録する。第2回目は300系電車の多少のディテールについてお話しする。なお、写真は特記のない限り1985年10月1日撮影。

■ディテール解説
 主電動機は三菱電機製のMB-3032-A形(75KW)で、小田急2220形や長電2000系と同じ。音色をはっきりは覚えていないが、YouTubeで動画を見ることができるので、知りたいという方はアクセスされたい。初期の新性能電車らしい静かな音がする。制御装置はABF-108-15 EDCH形で、同番号のものは京急1000系や長電2000系にも用いられている。ブレーキは三菱電機AR-D(発電ブレーキ併用自動空気ブレーキ)型。昭和30年代の私鉄形の高性能車の典型のような組み合わせなのだろう。

2014年4月12日土曜日

【秩父鉄道1980年代】急行「秩父路」用300系電車のこと その1

1985年10月1日、三峰口にて301編成

【はじめに】以前のブログで何度か記事にした秩父鉄道300系電車について、加筆して再録する。第1回目は300系電車の概略についてお話しする。

留置線に引き上げた301編成。800系も懐かしい

■秩父鉄道初の新性能ロマンスカー
 秩父鉄道300系は昭和34年(1959年)に日本車輌東京支社で製造された、車体長20メートル、幅2.8メートルの大型車体に2扉セミクロスシートを備えた、秩父鉄道初のカルダン駆動と発電ブレーキを備えた新性能ロマンスカーだった。電装品は三菱電機製。メーカーは日本車輌東京支社で電装品は三菱製という組み合わせは、秩父鉄道では昭和25年(1950年)に鋼製車体で登場した100形電車でも実績があった。登場時はデハ301+302およびデハ303+304のオールM2両固定編成だった。

2014年4月9日水曜日

【国鉄1980年代】ED16のこと

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1986年8月の沼津機関区撮影会にて
鉄道に興味を持つ人で、首都圏で1980年代までに思春期を迎えたアラフォー以上の人なら、青梅線にいたED16を覚えているだろう。

デッキと先台車つきのぶどう色2号に塗られた旧型機関車は、当時すでにEF65により次々に置き換えが進んでおり、軌道の制限があるような路線でかろうじて残る程度になっていた。80年代になると、鉄道貨物の減便もおそらくは合理化と称して国鉄民営化移管をにらんで進められていたろうから、関東ではわずかなEF15くらいしか旧型電機を見ることはできなくなっていた。

2014年4月8日火曜日

【秩父鉄道7800系撮影記事】ナナハチの春

(かの「宇宙世紀0079……」のナレーションの口調で)人類が日本国有鉄道101系電車を使用しはじめてすでに半世紀が過ぎていた。東京や大阪の周辺は巨大な通勤圏内のベッドタウンとなり、人々はそこで子を産み育て、通勤し、社畜として死んでいった。

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ナナハチファースト捕捉成功!

西暦2009年春。東京からいささか離れた都市熊谷にある秩父鉄道では東急8000系列電車が秩父鉄道7000系列(7000系、7500系、7800系)を名乗り、旧国鉄101系である1000系電車の置き換えを始めてきた。この6年間にわたる戦いは東急の線路上から8090系を消滅させ、秩父1000系を完全離脱に至らしめた。昭和の古臭い鉄道車両好きな鉄ヲタはその行為に恐怖した。

2014年4月7日月曜日

【秩父鉄道C58363撮影記事】SLさくら号を撮る

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天気が悪いはずだからここに来たのに(苦笑)
首都圏のこの週末は花冷えというのだろうか。冬支度をして外に出ても暑くなかったくらいだから、薄着で寒い思いをした人も多かったろう。せっかく咲いたソメイヨシノも都内ならこの週末で見頃は終わりだ。

気温が低いということは花見にはつらいだろう。だが、蒸気機関車の撮影には絶好の日和だ(寒いけど)と踏んで秩父鉄道沿線に出かけてみた。「SLさくら号」のヘッドマークがつくというのでおそらく人出は多いだろうが、天気予報では「大荒れ」とあるから、もしかしたら多少は人出も……などという邪な気持ちもあった。

そこで「天気が悪いならあえて行ってみよう」と思い、晴天では午前中の下り列車が完全逆光になってしまう桜堤のある駅に降り立った。それなのに、空はドピーカン(苦笑)。というわけで、定番アングルに入ることはできたのにあえて外してみた。定番のアングルだとナノハナを画面に入れられなかったというのもある。いいわけですが。

2014年4月6日日曜日

【西武多摩湖線撮影記事】多摩湖湖畔に春来る

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季節はいきなり変わるわけではない。季節の移ろいは少しずつ進んでいることは知っていても、都会や都市近郊に暮らしていると、それに気づくのは雪が融けるとか、花が咲くとか、そういう目に見える大きな変化を繰り返してなのかもしれない。

3月末になって首都圏でも気温の高い日が続きソメイヨシノが開き始め、春になったのだと改めて気づかされた。なかなかそのようすを撮ることはかなわなかったけれど、ようやく少しだけカメラを向けることができた。毎年のように同じ写真を撮っている西武多摩湖線(多摩湖北線)の「旧海軍の戦艦のような名前の駅」あたりで。

2014年4月1日火曜日

【国鉄・JR1980年代】鶴見線クモハ12のこと

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夕方の大川行き、武蔵白石
前日のエントリーで大船工場(それ以前は中原電車区)にいたクモハ12013のことを書いたので、今日は鶴見線のかの有名な052、053のことを書こう。以前のブログでお見せした程度の絵しかないが、ご容赦いただきたい。