2010年11月2日火曜日

【しなの鉄道2010年11月】169系S52編成復活湘南色編成撮影記(その2)




【前回のあらすじ】
珍しく夜行バスで秋のしなの鉄道撮影に来た「私」は、雨の日の夜明けの暗さと寒さ、そして空腹と坂城駅構内の石油の匂いにめげそうになりつつも、復活湘南色塗装のしなの鉄道169系S52編成快速「しなのサンライズ」号を撮ったものの。朝一番の撮影ですっかり気が抜けた。緊張感なくとぼとぼ歩いて上り列車を撮った場所へ戻り、念のため三脚を設置してから駅へ雨宿りに行く……。アルベルチーヌ! アルベルチーヌ! よけいな文字が見えたとしたら、それは気のせいです。

■本命の列車を撮ったらぐったりしちゃった
坂城駅の窓口が開く時間になったので委託の駅員さんから湘南色塗装復活記念フリー切符を買い、しばらく待合室でぼんやりする。そこをブルーサンダー牽引西上田行き貨物列車が通過して行った。もう撮ろうとか、しまったとか思う気力もない。ははは。なにしろ雨に濡れて風に吹かれながらねらいたかった列車を2本撮り、しかもまだ朝ごはんを食べていないのだ。おまけに、ヘッドマークのない「素」の169系湘南色の快速を撮ってしまったのだから、目的はほぼ達成したようなもの。


雨煙がこんな感じでしてね

ねらった列車を撮れたとはいえ、もちろん時間はたっぷりある。せっかく遠くまで来たのだし、さてどうするか。いろいろうかつな私はそのあとのことは考えていなかった。さきほどの169系S52編成は長野着後に戸倉まで戻ったのちに、上田まで再び送り込み回送になる。そして、当初は撮るつもりのなかったEF64牽引の旧型客車列車『レトロ軽井沢』号が続行してくる。

天気がよければほんとうは軽井沢方面の駅間で撮ろうと思っていた。信濃追分~御代田~平原なんて信州らしい素敵な場所を走るじゃない。私だってときにはそういう素敵な場所で撮ってみたいんだよ。行って風景を見るだけでも楽しそうだし。

でも雨と風だし
朝飯食いっぱぐれだし
濡れて寒いし
うじうじうじうじ

もう。ただでさえ、おっさんとは村上春樹ふうにメタファーを使えば「雨の日の野良犬」みたいな存在なのだ。あわれでみじめで、でも誰にも近づかれないような存在なのではないか。自分でそんなことをいっちゃだめだ。

じつは食べ物が買えそうだからという理由で、夜行バスは坂城付近でも降車できるのにわざわざ長野駅まで行ったのだ。それなのに、寝起きでしな鉄の始発列車に乗るまえに食べ物を入手することを忘れた。食べ物を買わないなら、バスを千曲川さかき停留所で降りて、15分ほど歩いて坂城駅まで来たのに。よく知らないけど、見るからに坂城駅周辺で朝5時ごろに食べ物を手に入れられないだろうから。でもまあ、長野から列車で戻ってきたから戸倉で回送列車のようすを見ることができたのだ。

寒い・腹ぺこ・やる気なしなので、駅間の撮影地まで片道30分以上歩くような元気はいまはない。そこで、朝と同じ場所で確実に押さえることにした。ここならファジャンシル(ウリナラ語:化粧室)も近い。

■「仲間」があらわれてうじうじしていられなくなった
うじうじとベンチで座り込んでいてもしかたがない。そこで、駅の待合室を出て169系S52編成上り回送列車がやってくると思しき一時間半ほど前から線路際に立った。さいわい雨脚は弱まりつつある。遠くの千曲川対岸が水墨画のように霞んで見える。送り込み回送の通過時刻はだいたい予想着くけど、まだ来ないかなあ、うーさむさむさむさむ、と震えていた。

そこへ「仲間」が現れた。

コンデジを持ってスポーツ刈りでジャージ姿の少年だ。小学校5年生からせいぜい中1というところ。私の三脚の後ろで「困ったなあ」という顔をするのがおかしくて、ついつい声をかける。おはよう、俺のまえに来ても平気だよ! こっちは望遠レンズだからさ。 

すると彼はほっとした顔をして私に向かって話し始めた。何時に通過するんですか。湘南色とレトロ軽井沢号のどちらが先ですか……。まだまだ子どもっぽくてかわいいなあ、と思わされたのは、それからずっと彼のペースのおしゃべりが続いたところ。『レトロ軽井沢』号の試運転は見に行きましたか。姨捨がすごかったみたいですね。『しなのサンライズ』は土曜日はいつも3両なんです。9両編成を撮りたいなら平日です。戸倉のホームで並ぶんです。坂城行き貨物と『しなのサンライズ』はトンネル手前ですれ違いますよ。西上田行きブルーサンダーは撮りましたか。中央線201系H7は松本まで行きました……。

かわいいねえ、おじさんは笑いたくなった。目尻が下がっていたと思うよ。いろいろ親切に教えてくれてありがとう! 子どもたちのこういう素直なところや、優しさはほんとうにすばらしくて、ほろりとさせられる。超親ばかだけど、自分の子どもを見ていてもそんな親切心は心を打つ。他人に親切にしようという気持ちをずっと忘れないで大人になってくれるといいな、と心の中でつぶやく。いかにもおっさんっぽいけど事実だから仕方がないな。でもね、おかげで話していたらなんだか元気が出てきた。

そこへ、無線機を持ったしなの鉄道の保線員の方が現れて私たちにいう。「雨の中ご苦労さまです」と。いやいや、なにをおっしゃいますか。こっちは趣味ですから。むしろ、保線員さんこそ雨のなかお仕事ご苦労さま!

保線の方はこちらが尋ねていないのに「定時運転です。回送は7分頃通過です。レトロ号も定刻に長野を出ましたからね」だなんて教えてくれる。

(私)「いいなあ。しなの鉄道のひとたちって優しいんだね」
(少年)「しなの鉄道のひとたちはみんな優しいですよ」

もしかして、この地域のひとたちはみんな優しいのかな。そうだったらいいな。坂城町役場が委託している駅員も、道で犬を散歩させていたおばさんも、出会ったひとたちはみんな優しかった。

■来るぞ来るそ!
さて、回送の通過直前になって、ようやくほかの撮影者が2名ほど現れた。今日はみなさん出足が遅いのは雨だからか。首都圏の列車の撮影みたいに殺気だった嫌な感じがないのがありがたい。先回りしていうとこのあとのほかの撮影地でもそうだった。そうしておしゃべりに夢中で止まらない少年に「ほらほら、もうすぐ回送来るよ!」と注意を促しているうちに、来ました、湘南色送り込み回送! 早朝の送り込み回送のリベンジってところかな。こっちは『リバイバル信州』のヘッドマークつきだ。シュートおおおおおおお!


「あーっ!」と少年の声がした。「ぶれちゃった」って。今日は暗いから速いシャッターが切りにくいんだね。シャッター速度を調節しづらいコンパクトデジタルカメラだと、流し撮りしないとブレちゃうんだよ。やってみなよ。

そして、ほどなくして『レトロ軽井沢』号が来る。少年いわく、「牽引はEF64です。38号機でしょうかねえ」ピーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ! ホイッスルが鳴ってトンネルからその『レトロ軽井沢』号が現れた。

EF64の車番にまったくくわしくない私は、しなの鉄道が配布していたチラシにあった茶色いカマが来るのかと思っていたら、現れたのは紺色とクリームの国鉄直流機関車標準色で「おや」と思った。もちろん、こいつはこいつで懐かしいからまあいいや。


■少年はもしかしてなにかの神さまの化身だったのかもね
少年は今度は流し撮りをしたそうだ。客車が去るところを撮ったそうで見せてくれた。カーブを曲がっていく客車がうまく写っていてかっこいいじゃない。そこへお母さんが迎えに来て、少年は満足そうに帰って行った。

そういえば、彼のことを撮ればよかった。地方で撮っていると、いや、都内でも子どもやおじいさん、おばあさんに話しかけられることがありがたいことに多い。こうなったらこれからは撮影地で出会うひとを撮ることにしようかな。

そんなわけで、『リバイバル信州』号送り込み回送と『レトロ軽井沢』号の上り列車は待ち時間に退屈しないで撮ることができた。意欲もなんだか復活したぜ。昼飯でも食ってから、午後もいっちょうやるか! 少年よどうもありがとう。きみはもしかしたら「お前、ヘタレでいるんじゃねえ」という天使かなにかだったのかい。

【撮影データ】
Nikon D2X・AI AF Zoom-Nikkor 80-200mm f/2.8D ED <NEW>、AI AF Nikkor 300mm F4 ED・ISO640〜1,600・RAW(Capture NX2にて現像)・撮影地:しなの鉄道坂城〜戸倉(2010年10月撮影)