2016年2月7日日曜日

【上信電鉄撮影記事】150形クモハ151-クモハ152に萌え☆


■昭和の西武電車の聖地にて

上信電鉄は首都圏において流鉄流山線と並んで「昭和の西武電車の聖地」とでもいうべき存在だ。少なくとも、西武ファンというよりは「西武ヲタ」だと自認していながら、好きなのに車両の細かいちがいを覚えられない、活動休止歴もある出戻りの私には。

西武沿線在住歴が長い私には、流鉄はいまやもと西武新101系電車2連(流鉄5000形)が揃い「昭和60年代から平成はじめの西武鉄道ふうの雰囲気」に思えるのに対し、上信電鉄はもと西武401・701・801系電車(上信150形電車)が1編成ずつあり、さらに新101系電車2連(上信500形電車)が2編成と、倉庫代用のもと西武451系電車(上信100形電車)もあるのだから「昭和50年代なかばの西武鉄道」の雰囲気を強く感じさせてならない。

上信電鉄の150形にはAK3形空気圧縮機も健在で、ときどきあのごとごとと鳴る音も聞くことができる。空気圧縮機AK3の音は乗っているとむしろ、「んごんごんごんごんごん」というふうに聞こえて、子供ごころに不思議だった。

■150形第一編成に遭遇
こうした雰囲気が好きで上信電鉄を訪ねたある日、高崎で出迎えてくれたのはクモハ151-クモハ152(元西武クモハ414-クハ1453→新性能化後はクモハ408-クモハ407)だった。昨年、前面の飾りステンレス帯のラッピングを剥がして、ちょっぴり懐かしい顔つきに戻った電車だ。上信電鉄に来たならオリジナル電車にももちろん乗りたいけれど、元西武車が来るのはやはりうれしい。でも、あれれれれ。前のパンタグラフはどうしたのだろう。

ほかの電車はふたつともパンタグラフをあげていたから、おそらく数日前の積雪で故障したのだろうか。わざわざたずねることはしなかった。それとも、冬期だから片方だけで集電することができるか確かめていたのか。ともあれ、冷房機を使う季節ではないし問題ないと判断されたのだろう。下仁田まで乗り、西武時代からあまり変わらない内装と上信電鉄沿線の残雪を楽しんだ。




■上信電鉄での活躍期間のほうが長くなるか
思えば、昭和39年(1964年)に製造されて平成2年(1992年)に上信電鉄にやってきたというから、そろそろ上信電鉄での車歴のほうが長くなりそうだ。もと西武401系電車はこの編成以外は三岐鉄道と近江鉄道に行ってしまったので、関東にはこの顔はいまや1編成しか存在しない。西に行った電車たちも顔はいじられたしな。

それなのに、西武時代から古めかしく見える顔つきが好きでいくつか写しているとはいえ、あまり写真に残せないでいたからこそ、上信電鉄通いをまだまだ続けたくなってしまう。


■落石検知で列車が抑止した
さてこの日は、千平〜下仁田の旧線のトンネル上部にある落石検知が作動し、赤平信号所手前で列車が停まってしまった。下仁田駅から係員がやってくるまでの15分ほど列車は停まっていた。落石ではなく、おそらく残雪の影響だったようだ。こういうこともあるのですね。そして、旧線トンネル付近は落石検知装置があるくらいで、日頃から警戒されている場所なのだろう。

【撮影データ】
Nikon D7200 /AI AF Nikkor 24mm f/2.8D, AI AF Nikkor ED 300mm F4S (IF)/RAW+JPEG/Capture NX-D/Adobe Photoshop CC