2016年4月1日金曜日

【小湊鐵道撮影記事】走れ里山トロッコ

上総大久保の手前のカーブを曲がって、里山トロッコ3号がやってきた!

■ヒバリのさえずりを聞きながら列車を待つ
カエルの鳴き声を聞きながら、ツクシが顔を出しているあぜ道にいた。あたりにはあちこちでナノハナが咲いている。日本のどこにでもありそうな、春の里山の風景が目の前に広がる。ときおり、ヒバリのさえずりも聞こえる。気分がいい。

そこへ、澄んだ音色の汽笛が響く。しばらくするとゆっくりゆっくりカーブを曲がって、『里山トロッコ』が姿を現した。


3月末のある日、小湊鐵道を訪ねた。中旬より運転を再開した『里山トロッコ』をいまお借りしているカメラで撮るためだ。昨年秋の運転開始時に見てみたかったものの、伝えられるところによると営業開始2日目で『里山トロッコ』は牽引するDB4型ディーゼル機関車のサイドロッドのボルト破断による運用離脱につき、そのまま運転を休止してしまい、撮ることができないままだった。

この『里山トロッコ』はかつて小湊鐵道に所属した蒸気機関車を模したディーゼル機関車であることは知っていた。昨年秋に、五井駅構内での試運転のようすをたまたま内房線車内から見たことがあり、私には見慣れない古典蒸気機関車を模した姿は、なんとも魅力的に思えたから、営業運転のようすを撮りたいと思っていた。

この『里山トロッコ』は、上総牛久〜養老渓谷を往復する。五井機関区から上総牛久までの送り込み、および返却回送もあるが、客車が二軸式で速度を出せないせいか、五井〜上総牛久は客扱いをしない。もっとも、沿線で風光明媚なのはやはり客扱いをする上総牛久〜養老渓谷の区間だ。

平日は同区間を2往復、休日は3往復する。里見に復活した交換設備を利用して、普通列車と交換するダイヤが組まれているようだ。同区間は通常のキハ200による普通列車も運転本数が少なく、列車を利用した撮影をする場合は撮影地をかなり考慮する必要がある。

五井にて、上総牛久までの送り込み回送列車

■乗ってみたら楽しい列車だった
私が訪れたのは平日で、2往復のみの運転の日だ。じつは五井から先行するつもりでいたものの間に合わず、五井で『里山トロッコ』の送り込み回送を見送り、上総牛久で追いつく普通列車に乗ったために、『里山トロッコ』1号は撮影できなかった。そこで、五井で当日券を手に入れて、上総牛久から養老渓谷まではまず『里山トロッコ』1号に乗った。

二軸式の客車に乗ったのははじめての経験だ。座席は木製であり、時速25キロ程度で、上総牛久〜養老渓谷を1時間程度かけてゆっくりと走る。乗り心地は遊園地の汽車を想像してもらえるとわかりやすい。かなりごつごつした感じは、なるほど「トロッコ」だ。国鉄民営化直後に貨車を改造したトロッコ列車があちこちにあったが、おそらくこういう乗り心地だったのだろう。

トンネルや切り通し区間を楽しめる客車

けれど、窓がなくガラス張りの天窓の客車に乗り、よく晴れた日に里山の風景のなかをのんびりと走るのはとても心地よい。なによりも驚いたのは、沿線でうれしそうに眺めているひとや、手を振るひとの多いこと。繁忙期の小湊鐵道の普通列車は混み合っているし、沿線で撮影しているひとの数はほんとうに多いが、カメラを向けているひとたち以外の、沿線在住のみなさんやたまたま通りかかって踏切待ちの運転者のみなさんが、あれほどうれしそうに手を振る姿を小湊鐵道沿線で目にしたのは、私ははじめてだ。もちろん、乗客のみなさんもみなうれしそうだ。

トロッコには詰襟の制服を着たアテンダントが乗り込んでいる。そのアテンダントでさえも、乗客に「みなさん手を振ってあげてくださーい!」などとにこにこしながら言っていたから、やはりめずらしい光景だったのだと思うのだ。

さて、養老渓谷まで『里山トロッコ』1号に乗ると、折り返し時間は10分程度しかないために、上り『里山トロッコ』2号は駅付近で撮ることになる。養老渓谷で土産を買った際に駅員には駅付近のナノハナ畑で撮るように勧められた。地元農家の協力により、広い畑いちめんがナノハナで、収容人数も多くて絵にしやすく、列車も徐行するのたしかに撮りやすい。とはいえ、すでにかなりの数のひとが撮影した絵を見ているので、あえてそこは避けようと考えた。私自身はできるならばみんなと同じ絵は避けたいからだ。ソメイヨシノはまだ咲き始めだから、絵にはできないぶん、撮影地の自由度は高い。この週末にかなり開き、次の週末は桜吹雪になるのではないか、というところだった。

養老渓谷を出発する上り『里山トロッコ』2号

そこで、上総大久保までひと駅移動して、駅手前のカーブで狙うことにした。上り方(月崎方)の有名な踏切付近のナノハナはいまひとつだったので、列車主体で構わないと判断した。そうして撮ったのが冒頭のカットというわけだ。

■上り列車は推進運転になる
この『里山トロッコ』の撮影で注意すべき点はもう一点ある。それは、偶数の列車番号の上り列車は、推進運転(機関車が最後尾のまま向きを変えずにバックでの運転。客車の運転台から運転)になるということ。正面から狙うと、無愛想な顔をした客車を撮ることになる。それはそれで、鉄道ファン的にはおもしろいのだか。そこで、上り列車は側面からねらうことにした。

この塗装とこの顔もなかなか魅力的(鉄道ファン的には、ね)

前述のとおり養老渓谷での停車時間は10分程度しかないため、上総大久保を通過するのもそう待たない。沿線の畑では持ち主の方が焚き火を始めていたし、ベタ順光ではナノハナも美しくない。そこで、逆光側に回り、モノクロでローキーに撮ることにした。雑然とした背景をごまかすために流し撮りをした。

動力がディーゼル機関車のために、ほんものの蒸気機関車のようなドラフト音は響かない。だから、踏切警報機が鳴り、汽笛を鳴らすまでは列車が来るタイミングはわかりづらい。ゆっくり走る列車をファインダーで追っていたら、ワンカットだけ屋根が大きく反射した。なんとなくおもしろくて気に入った。

昼過ぎの列車なので逆光だと屋根が輝く

■サイドロッドがないまま走ってる
このとき、気にはなっていたものの、気づいていなかったことがある。ローキーで撮ったのは我ながら慧眼というべきか、運がよいというべきか。というのは……この機関車には故障の原因だったサイドロッドが見あたらない……外してしまったのですね。なるほど……ものすごく合理的な解決方法ではある。正面から撮ればいいもんな。

いままで、沿線風景や鉄道趣味用語でいうところのストラクチャー(建造物や施設)の古めかしさは魅力的で、ロケ地にはなるけれど趣味的にはなんとも……というのが私の小湊鐵道への偽らざる評価だった。いささか意地悪く考えれば、古いままの魅力を保つために残しているというよりも、費用をかけて施設更新をしたくないから、古いままなのだろうな、とも。そこへ登場したこの『里山トロッコ』は、いままで小湊鐵道に(正直いうと)欠けていた「ちょっぴり古めかしく万人にわかりやすい観光としての鉄道像」を体現している気がして、とても好ましく思う。これを趣味的ではないと一刀両断したくはない。汽笛の音と二軸客車のジョイント音が気に入ってしまったからだ。あとは……できれば、そのうち機関車のサイドロッドも復活してくれるとなおうれしい。


【撮影データ】
Nikon D7200, Panasonic LUMIX DMC-TX1/AI AF Zoom-Nikkor 80-200mm f/2.8D ED <NEW>/RAW