2018年1月7日日曜日

【写真術】プラグインソフトなしでAdobe Photoshopだけで「フィルム写真らしく」する


■「高彩度+ハイコントラスト vs ゆるふわ」戦争はいぜん終わらず
写真には大きくわけて絵作りに関して、2つの潮流があるのではないか、ということを最近強く思っている。この潮流はいつからあるかはわからないけれど、自分が写真術というものを意識し始めた、少なくとも1990年代から存在するものだ。いや、写真術が誕生したときからあると考えるべきなのかな。

どういうことかというと、「高彩度+ハイコントラスト」な「あざやかでくっきりはっきり」した絵作りをする流派と、やや彩度を落とし、ハイキーな露出で不明瞭でさえある絵作りをする流派が存在するとでもいおうか。

あくまでも私個人の認識だと、フィルム時代であれば、前者はフジクロームベルビアと偏光フィルターを用いて風景写真を撮るどちらかというと年齢層の高いユーザーに多く、後者はカラーネガフィルムを用いて場合によっては自家製プリントを行い、日常を描くような作家活動をする写真家、あるいは写真学生に多く、どちらかというと若い人たち向けのおしゃれな広告写真にもこういう仕上がりがなされているように思える。当時、これらカラーネガを使う写真はたしか80年代のアメリカの写真家の「ニューカラー」というムーブメントの影響だと言われていたように思う。ここでは、いささか乱暴であることは承知のうえで、これらを「明瞭な絵柄」と「不明瞭な絵柄」という二分をしてみたい。

その後2000年ごろに流行ったトイカメラブームでも、どちらかというと若い人たちに「よく写らない絵柄」つまり「不明瞭な絵」が好まれたはずだ。HOLGAやダイアナカメラ、あるいはLOMO LC-Aを用いたこれらはおそらく、日進月歩で絵作りも改良されていったスマートフォンのカメラやデジタルカメラがどんどん「明瞭な絵柄」を吐き出す道具になっていったことのアンチテーゼなのだろう。

映像機器ができるだけ手軽に「明瞭な絵柄」を生み出せるようになるのは道具の進歩としてはもちろん正しい進化なのだ。けれど、よく写りすぎることがあると思わせるのは私でも理解できる。

■「フィルム写真」という言葉から連想するものは
さて、いまやミラーレス機をはじめとして、一眼レフ一桁フラッグシップ機をのぞくデジタルカメラに標準的に備えられている、写真を意図的に「不明瞭な絵柄」にする特殊な画像効果(オリンパスでいうところの「アートフィルター」、パナソニックでは「フィルター設定」など)、あるいはInstagramなどのSNSに多い「不明瞭な絵柄」の写真を見ていて、ここ最近になってようやく気づいたことがあった。

それは、「フィルム写真」という言葉から連想するものが、もしかして年齢や世代によって大きくことなるのではないか、ということ。遅いよ俺氏。いや、気づいてはいたけれど、そのことをまじめに考えて、まとめて書いたことはなかったということなのだけど。うじうじ。往生際が悪い。

この草の根ブログに訪れる方はおそらくは大半がフィルム時代から写真を趣味としている方々だろう。ポジフィルム(リバーサルフィルム、カラースライド)をじっさいに用いていた方も少なくないはず。そういった、ある程度の年齢以上のアドバンストアマチュアのみなさんが連想する「フィルム写真」というのは、コントラストがつき、高彩度なポジフィルムふうの「明瞭な写真」なのではないか。職業写真家なら、デジタルカメラの本格化の前に印刷媒体向けにポジフィルム納品を行っていたかどうか、という世代分けができるのかも、とはこのことを話した写真家の弁。

それもたしかにありえそうだ。いっぽう、もっと若くてカラーネガフィルム、それももっぱらレンズつきフィルムで撮影されていたとくに一般コンシューマーのみなさんは、そんなハイコントラストで高彩度な写真を連想せず、もっとぼんやりした「不明瞭な絵柄」の写真を連想するのだろう。

■露出不足で傷だらけのネガに魅力を感じるかどうか 
これらカメラに搭載されている、あるいはスマホが備えている「不明瞭な絵柄」にする特殊な画像効果でもここ数年流行っているのが「ビンテージ」「オールドデイズ」などという名称のアンバーっぽい色(オリンパスのアートフィルター・ビンテージは緑なども選択可能)を画面に加えてシャドウをやや明るく持ち上げる画像効果だろうか。少し前に流行っていたシアンの色みで画面を思いっきりハイキーにする「エアリーフォト」とはことなり、これらは、カラープリントが褪色したような雰囲気を画面に加えることを主目的にしているようだ。

さらに、Adobe PhotoshopあるいはLightroomで使えるプラグインソフト、スマホアプリでは、フィルムの粒状やコントラスト、さらにはスクラッチや光漏れを画面に加えることができるものも。そして、Instagramを見ていると(Pintarestなどでもそうなのかもしれない)、一眼レフやミラーレス機で「趣味の写真を撮る」というユーザー(列車や航空機、風景などの撮影する被写体が決まっているようなユーザー)ではなく、「暮らしのなかのおしゃれな瞬間」を見せたいというユーザー(海外のライフスタイルブロガーのようなひとたち)の写真には、プラグインソフトを用いて作られたであろうかつてのフィルム写真ふうのスクラッチやコマダブリ、光漏れのある褪色したプリントのような「不明瞭な絵柄」の画像がたくさんあり……。

ああ、そうなのか。フィルム写真で私が嫌でたまらなかった「不明瞭な絵柄」にする要素を「フィルム写真らしい」という理由で好む一定層がいまやいるわけか

これには驚かされもしているし、同時に興味深くもある。負け惜しみではないですよ。そうした仕上げが自分の好みであるかどうかはさておき、写真業界人として業界ムラのはじーっこにしがみつくように暮らしている私(苦笑)も、いま時点での「フィルム写真らしさ」を知っておきたいのだ。たいていそれは「ポジフィルムのような高彩度+ハイコントラスト」な「明瞭な絵柄」ではなく「不明瞭な絵柄」のようだ。「フィルム写真」とグーグル検索をしてごらん。

そんなわけでですね、Adobe Photoshopでプラグインソフトを使わずに、「フィルム写真のこまったところが現れてしまった仕上げ」を考えてみたというわけ。明瞭な写真を不明瞭に意図的に仕上げるという作業だ。Google Nik Collectionがもはやバージョンアップされなくなり、それどころかクラッシュしがちで使えなくなってしまった。いまはVSCO Filmに興味がある。

ともかく、Adobe Photoshopだけで露出アンダーのカラーネガをむりやり同時プリントで明るくしたときのような緑被りと粒状の荒れ、コントラストのほかに褪色、光漏れ、コマだぶりを作り出した。さすがに、スクラッチは入れたくなかった。



■被写体や撮り方から工夫したほうがより効果的
こうやって試してみて思ったのは、うーん、こういう仕上げは私が今回アップしたようなきちんとした構図で撮るこの撮り方には、必ずしも似合うわけではないなあということ。

もっと日常のスナップショットらしい、たとえば小島小鳥さんの撮った『未来ちゃん』に出てくるような、ジャンパースカートで頬の赤いおかっぱの小さい女の子をカジュアルに写したほうが、きっと、いまのみなさんが好むであろう「アナログっぽさ」が表現できるのかも。被写体や構図といった撮り方から工夫したほうがより効果的になるにちがいない。

こういう退色したフィルム写真のような仕上げは必ずしも被写体に依存するとは思えないけれど、向き不向きはあるとは思う。そして、撮影時からそういう仕上げにするもくろんで撮影するほうが、やはりしっくりくるはずだ。もちろん、「特殊な画像効果を試しに使ってみて、たまたまうまくいった」というのだってかまわない。最初はそうして「たまたまうまくいく」ことから始めていかないと、職業写真家でもない限りめげてしまうから。

思えば、表現技法というものはそれだけで独立しているものではなく、被写体の雰囲気なりをより強調するなど、作品全体をうまく調和させるもののひとつなのだから。そういうものがうまく配合できてなんともいえないいい感じを示すものを「匠の技」「アート」と呼ぶのだろう。

機材や表現技法のおもしろさだけを理由にして写真を撮るのでは、撮影の出発点にはなっても、仕上がりのなかで表現技法がうまく調和していない限りエチュード(習作)にしかならないと思う。機材や撮影技法とは自分の求める最終的な仕上げを想定して選ぶ選択肢のひとつだ。そして、その結果がうまく被写体や求める雰囲気と調和しているのであれば、その機材や技法を選んだ必然性があったということ。

この選択する機材や表現技法に「必然性があるかどうか」「その結果として、うまく調和しているかどうか」を私はいつも気にするのだ。趣味の写真ならばいいだろうけれど。

たとえば、あれだけ好きで所有していたフィルムカメラやソビエト製レンズを最近まったく使わないのは、残念だけどいまの私にとってはそのやや「不明瞭な絵柄」にする描写を選択する必然性が見当たらないから。明瞭な絵作りが必要な状況であればそうすることができる機材や表現技法を選ぶべきだし、いっぽうで不明瞭な絵作りへの必然性があるならば、そのために必要なものを選ぶべきだと思うのだ。趣味の写真でもエチュードではないなら自分にはそんなことを求めてしまう。

もちろん、繰り返しになるがみなさんが「なんだかおもしろい!」というノリで撮影するのを否定するわけではないよ。とにかく、このフィルム写真ふうの技法も自分は身につけておきたい。そう思うと、私にはまだまだいろいろやるべきことがあるなあ。写真術は奥が深くて、まだまだやめられない。

追記:昨年末からずっとこの件を書こうとして、筆が止まっていた。どうもいまひとつびしっとまとまらない。そして、特定の誰かや何かを非難しているわけではないことは強調したい。

さらに思えば、Instagramでも東京カメラ部でも、こうしたフィルム写真風のエフェクト、あるいはHDRを強めにかけたような、Adobe Photoshopにある、通常のアンシャープマスクよりも範囲を大きく10ピクセル程度単位で輪郭強調を行うパラメーターである「明瞭度」「かすみの除去」を強めにした、新海誠のアニメの背景画、あるいはイルカのいないラッセンの絵のような風景写真が多く見受けられるのは、海外の写真家たちの影響というのもあるだろうけれど、パソコンのディプレイよりもずっと小さいサイズのスマートフォンで写真を見るというが主流になりつつあるからなのではないかと思っている。こういった写真は小さい画面でもめだつので、見映えがしやすいのではないか。

それにしても、リバーサルフィルムふうの絵作りを選択できるカメラこそあるのだから、粒状性やヴィネットの効果を撮影時に付与できるカメラが増えるとおもしろいのだけど。現状では特殊な画像効果でも粒状を付与するには動作が制限される機種もあるから、ここはひとつミルビュー(Milbeaut)に頑張ってもらうほかないのかな。

【撮影データ】
Panasonic LUMIX DMC-GX7 Mark II/LEICA DG SUMMILUX 15mm / F1.7 ASPH., LUMIX G 42.5mm / F1.7 ASPH. / POWER O.I.S./Adobe Photoshop CC 2018