2017年1月28日土曜日

【東武越生線PETIT撮影記事】オゴセ戦記2017


先日、JR八高線竹沢駅が10月中旬に棒線化されたということをいまさらながら知った。八高線がいいなあと最近思っているくせに、どれだけ情弱なのだ私は。DD51が客車を牽引する訓練列車も知らないくらいアレなのだが。いいわけをさせてもらえば、夏の頃は何度か竹沢駅を行き来する列車を被写体にしていたのに、秋になってからは八高線でも電化区間に乗るか、非電化区間も寄居周辺でばかり撮影していたり、寄居から高崎の区間に乗っても、東武東上線と競合する小川町〜寄居で乗っていなかったから。日没の頃の雰囲気を撮るのが好きなのに、寄居の時刻表を見ると17時台の列車が上下ともになく、そうなると秋の終わりの日没の時間と合わないからという理由で足が遠のいていたのだ。

今週になって竹沢を列車で通ってみると、とうとう2番線の線路も剥がされ、ポイントもなくなり跨線橋も封鎖されていた。すでに列車の交換も行われていなかったから、やむをえない。八高線非電化区間の交換駅としては、周囲が山に囲まれている雰囲気が好ましかったのだが。そこで、なんとなく戦意喪失してしまい……そのくせ帰宅するのも惜しくて、小川町から東武東上線に乗るのではなく、越生まで八高線に乗って東武越生線経由で帰宅することにし、例の高麗川の「リバーサイド駅」で降りた。あくまでも想像(妄想)にすぎないけれど、川のそばにあるから「川角」というのではないかな*1。





何度か高麗川の河川敷から越生線の列車を撮影している。越生線は住宅が立ち並び、沿線に高校や大学が多い通勤通学路線だ。沿線風景も、畑ばかりというわけではない。ありふれた郊外の鉄道路線という印象だ。そうすると、そうそう開けた場所があるわけではないので、都市近郊の住宅地を写真に撮りたいわけではない私には、シンプルな写真にするにはこの場所しか思い当たらない。そのくせ、じつをいうと川角駅から高麗川をわたったことがなかった。そこで、下流方向に少し歩いていつもの対岸に渡った。


部活動でランニングをする高校生や大学生たちと、犬の散歩をするひとたちがときどき行き交うなかで列車を待つ。運転本数が多いのでそう待たない。それにしても、周囲は大学と高校ばかりとはいえ……順光側に回ると橋梁にあるケーブルが見え、逆光側に回ると橋の背後にある大学の校舎が見えてしまう。けっきょく、いつものようにシルエットにしていろいろ見えなくしてしまった。越生線との戦いはいつもなやましい。

東武鉄道によれば、3月5日(日)に14年ぶりに池袋始発の越生行き直通の臨時列車「越生観梅号」が走るという(リンク先はPDFファイルです)。整理券制で、ツートンカラーの8000系電車81107編成が用いられる予定だとか。忘れなければ撮りに行ってみようかな。でも、東上線内のほうが撮りやすい気がする。

*1「川のそばにあるから「川角」というのではないか」:東武鉄道Webサイトにある川角駅の説明によれば(以下引用)「『入間郡誌」によると、川角(かわかど)は古名では川門(かわと)とも明記されていたそうです。また『松屋筆記』にも『河門は河津にて河端の船津又は渡津なり』と記しています。その名は越辺川に望む交通の衝にあるところから生じたものです。駅名はこの地名から由来したと思われます。」(引用終わり)とある。妄想はそう外れていなかった。

Panasonic LUMIX DMC-GX7 Mark II/LEICA DG SUMMILUX 15mm / F1.7 ASPH./Adobe Photoshop CC/Google Nik Collection Color Efex Pro 2

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